変に気どった、ヒステリックなものであるくせに、さもさもこれは色恋などといった沙汰《さた》ではない、何かもっと意味深長なことなのですよと言わんばかりの顔をする連中もある。それからまた、非常な美人で、冷やかでいながら、時としてその面上に、人生の与え得るかぎりを超えてもっとたくさん取りたい、引っつかみたいといった片意地な欲望が、そういった貪婪《どんらん》きわまる表情が、さっと閃《ひら》めく二、三の女。これはもう若盛りを過ぎた、むら気で無分別で権柄《けんぺい》がましい、いささか智慧《ちえ》の足りない連中で、グーロフは恋が冷《さ》めだすにつれて相手の美しさがかえって鼻について厭《いや》でならず、そうなるとその肌着のレース飾りまでがなんだか鱗《うろこ》みたいな気がするのだった。
 ところが今度は、いつまで待っても依然として、初心《うぶ》な若さにつきものの遠慮がちな角《かく》ばった様子やぎごちのない気持が取れず、こっちから見ていると、まるで誰かに突然|扉《ドア》をノックされでもしたような当惑といった感じであった。アンナ・セルゲーヴナ、つまりこの『犬を連れた奥さん』は、もちあがった事に対して何かしら特
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