ことをそのままに述べ立てる。
二時すぎに二人そろって昼食をとり、晩になると二人そろって予習をしたり泣いたりする。やがて彼を寝床へ入れてやりながら、彼女は長いあいだ彼のために十字を切ったり、小声でお祈りを唱えたりして、それが済んで自分も寝床へはいると、夢ともなく現《うつつ》ともなしに遠いおぼろげな行く末々のこと、サーシャが大学を出て、医者かそれとも技師になって、借家ならぬ自分の大きな邸宅を構え、自家用の馬からしゃれた半幌の馬車までそろい、嫁をもらい、子どもができる……といったふうのことを空想して楽しむ。とろとろと眠りに落ちながら、やはり同じことを考えつづけて、涙がつぶった眼からあふれて両の頬をつたわり落ちる。そして黒い小猫が彼女の小脇にそい寝をして、しきりに喉を鳴らしている。――
「ごろ……ごろ……ごろ……」
と不意に、はげしく木戸を叩く音。オーレンカははっと眼ざめて、恐ろしさに息もつけない。心臓の鼓動はわれるようだ。半分間ほどすると、またもや叩く音。
『ハリコフから電報が来たんだわ』と彼女は、からだじゅうがくがく顫えだしながら考える。『あれの母親が、サーシャをハリコフへ呼び寄せよう
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