二人は七ヶ月振りの、そして最後の眸を無言のまま見交すことが出来た。
やがて彼の処刑が終るや否や、直ちにジェインは呼び出された。彼女には動じた気配はいささかも見えなかつた。祈祷《きとう》書を手に、物静かに牽《ひ》かれて行く様子は、恰《あたか》も愛人の許《もと》へ伴はれる花嫁に似てゐたと言はれる。が、この時運命は彼女のために、もつとも残酷な試練を用意してゐたのであつた。彼女は刑場に充《あ》てられた「|塔の芝生《タワ・グリイン》」へ入らうとして、思ひがけず、丁度《ちょうど》広場から礼拝堂へ運び入れられる夫の血まみれの屍《しかばね》に行き会はなければならなかつた。彼女は夫を見た。祈祷書を握りしめ、彼女の眼は涙の影をさへ見せなかつた。却《かえ》つて傍にあつた侍女エリザベス・チルニイやヘレンの咽《むせ》び泣く声が、無気味な静寂をいたづらにかき乱した。……
底本:「日本幻想文学集成19 神西清」国書刊行会
1993(平成5)年5月20日初版第1刷発行
底本の親本:「神西清全集」文治堂
1961(昭和36)年発行
初出:「セルパン」
1932(昭和7)年11月発行
※ルビは新仮名とする底本の扱いにそって、ルビの拗音、促音は小書きしました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:門田裕志
校正:川山隆、小林繁雄、Juki
2008年1月4日作成
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