った――というのである。そんな話を耳にするにつけ、一同はますます怪訝《けげん》に思うのだった。
ジノーヴィー・ボリースィチが行きがた知れずになんなすった――結局はまあそこに落ちついてしまう。
そこで捜索がはじまったが、何ひとつ見つからなかった。商人は水へでももぐったみたいに掻き消えてしまったのである。逮捕された馭者の陳述で分ったことは、例の修道院のそばを流れている川っぷちで商人が車をおりて、そのまま行ってしまった――ということだけだった。事件は結局うやむやになって、そのまにカテリーナ・リヴォーヴナは、後家の身の誰に遠慮えしゃくもない気楽さで、セルゲイと思うぞんぶん乳くり合ったのである。ジノーヴィー・ボリースィチの姿を、どこそこで見かけた、いやどこそこで見かけたなどと、当てずっぽうを言いだす者も出てきたが、それでもやっぱり戻ってはこず、第一どうしたって戻ってこられるはずのないことを、誰よりもよく知りぬいているのは、当のカテリーナ・リヴォーヴナに違いなかった。
こうして一ト月たち、二タ月たち、三月目がすぎると、カテリーナ・リヴォーヴナは生理に異状をおぼえた。
「どうやら私たちの元手が
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