ひらひらと、またはらはらと、こんもり茂った林檎の木からは、咲きたての白い花が、二人のうえにしきりにふり注いでいたが、やがてそれも散りやんでしまった。そうこうするうちに、夏のみじか夜はいつしか移って、高くそびえる穀倉の切りたったような屋根のかげに月は沈み、だんだん朧ろめきながら、斜めに地上を照らしていた。台所の屋根からは、けたたましい猫の二重唱がひびいてきた。やがて、唾きをはく音や、腹だたしげな鼻息がきこえたかと思うと、毛並みをみだした猫が二三匹、屋根に立てかけてある小割板の束をがさつかせて駈けおりてきた。
「さあ、もう行って寝ようじゃないの」と、カテリーナ・リヴォーヴナは毛氈からそろそろ身を起すと、まるで精も根もつきはてたといった調子で、のろのろとそう言った。そして、いつのまにかシュミーズと白いスカートだけになって寝ていたそのままの恰好で、ひっそりとした、まるで死に絶えたようにひっそりした商家の構内を、ふらふら歩いていった。そのあとからセルゲイは、片手に毛氈を、のこる片手には、さっき彼女が興に乗ってぬぎ捨てたブラウスを、かかえてついて行くのだった。
※[#ローマ数字7、1
前へ
次へ
全124ページ中49ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
神西 清 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング