その一方、まだ頑是ない共同相続人のフェージャ・リャーミンは、ふわりとした栗鼠の外套を着て、屋敷うちをぶらついたり、水たまりに張った薄氷を割ったりしていた。
「あれまあ、坊っちゃん! あれまあ、フョードル・イグナーチエヴィチ!」と、おさんどんのアクシーニヤが中庭を小走りに抜けながら、頓狂な小言をいうのだった、――「れっきとした商家の坊っちゃんのくせしてさ、いけませんよ、水たまりを掘ったりなすっちゃ!」
ところがこの共同相続人たるや、自分がカテリーナ・リヴォーヴナやその意中の人にとって、それほど目の上のたん瘤だろうなどとは露知らず、あどけない仔山羊のようにただもう跳ね※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]っているばかり、且つはまた夜ともなれば、おもり役のおばあさんの胸にもぐり込んで、更に一そうあどけない眠りに落ちて、この自分が誰かの邪魔になったり、その仕合わせを削《けず》ったりしていようなどとは、夢にも思いも考えもしない始末だった。
やがての果てに、フェージャは水疱瘡にかかり、そのうえに感冒性の胸の痛みが併発して、そこで少年は病いの床についた。はじめは薬草だ本草だと手をつくしてみたが、そのうちとうとう医者を迎えにやった。
医者がしげしげと通って来て、いろいろと処方をしてくれ、その薬を時間どおりに、おばあさんが手ずから飲ませるのだったが、時にはカテリーナ・リヴォーヴナが頼まれることもあった。
「お手数ですがの」と、おばあさんが頼むのである、――「な、カテリーヌシカ。お前さんも追っつけお母さんですわの。その通り身重になって、神さんの思召しを待つばかりのお前さんに、こんな厄介をかけてはまことに済まんがの、まあ宜しくお頼《たの》もうしますよ。」
カテリーナ・リヴォーヴナは、婆さんの頼みを、はいはいと聴いてやった。婆さんが、『いたつきの床に臥している童子フョードルの本復』を祈願に、晩祷に出かけたり、聖パンを頂きに早朝のミサに出かけたりするたびに、カテリーナ・リヴォーヴナは病床に附添って、のどが渇くといえば水を飲ませる、時間どおりに薬をあたえる、という甲斐甲斐しさだった。
さてある晩のこと、婆さんは聖母宮入祭の前夜の夕拝と晩祷に出かけ、フェージュシカの看病をカテリーヌシカに頼んでいった。その頃はもう少年はだいぶ快方に向っていた。
カテリーナ・リヴォーヴナがフェージャ
前へ
次へ
全62ページ中40ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
神西 清 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング