へかがみこんだかと思うと、いきなりソネートカの両足をひっつかんで、相手もろとも、さっとばかり船ばたから身をおどらした。
 一同は唖然として声をのんだ。
 カテリーナ・リヴォーヴナは浪がしらにちょっと姿を見せたが、またもぐってしまった。つぎの波がソネートカを表へせり出した。
「鉤竿だ! 鉤竿を投げろ!」と、渡し船の上でわめき立てる。
 長いロープのついた重たい鉤竿が、宙を舞って、水に落ちた。ソネートカはまた見えなくなった。ものの二秒ほどすると、流れに乗せられてぐんぐん船から離れてゆく彼女は、もう一ぺん両手をふりあげた。が、それと同時に、べつの波間からカテリーナ・リヴォーヴナの姿がほとんど腰のへんまで水面にあらわれて、さながらぴちぴちしたカマスが、ひよわい小鯉に跳びかかるように、ぱっと飛びついたかと思うと、二人はもう二度とふたたび姿をあらわさなかった。



底本:「真珠の首飾り 他二篇」岩波文庫、岩波書店
   1951(昭和26)年2月10日第1刷発行
   2007(平成19)年2月21日第7刷発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
入力:oterudon
校正:伊藤時也
2009年7月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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