わが心の女
神西清

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)勃発《ぼっぱつ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)封建主義的|羞恥《しゅうち》症

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「口+耳」、第3水準1−14−94]《ささや》き
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 僕がこのQ島に来てから二週間の見聞は、すでに三回にわたつてRTW放送局へ送つたテレヴィによつて大体は御承知かと思ふ。僕の滞留許可の期限は明日で切れるのだが、思ひがけぬ突発事故のため、出発は相当延びることになりさうだ。その突発事故といふのは、第一には僕を襲つた恋愛であり、第二には、昨日この島に勃発《ぼっぱつ》した革命騒ぎだ。島の政府は、それを反革命暴動と呼んで、規模も小さいし、もはや鎮定されたも同様だと、すこぶる楽観的な発表をしてゐるけれど、僕の見るところでは、事態はさほど簡単ではないやうだ。
 ともあれ、革命騒ぎのため、電波管理は恐ろしく厳重になつた。殊《こと》に外国人は一切発信の自由を奪はれ、僕の携帯用テレヴィ送信器も一時差押へをくつてゐる。空港はすべて、軍用ないし警察用の飛行機のほか離着陸を禁止された。僕は手も足も出ないのである。そこで僕は、密航船といふ頗《すこぶ》る原始的な手段に、この通信を託することにする。もつともそれだつて、きびしいレーダ網を果して突破できるかどうか。万全を期するため、ついでにコピーを一通つくつて、壜《びん》に密封して海中に投じることにしよう。この早手廻しの遺書(?)が、結局無用に帰することを僕は祈る。失恋と革命騒ぎと――この二重の縛《いま》しめから、明日にも解放されんことを僕は僕のために祈る。
 僕がこの島にやつて来て最初の十日ほどの間に味はつた驚異については、僕は既に三回のテレヴィ放送で、かなり実証的に報告しておいたはずだ。まつたく、北緯七十五度、西経百七十度といふ氷海の一孤島に、突然RTW局の特派員として出張を命ぜられた時には、家族よりも僕自身の方がよつぽど色を失つたものである。しかも季節は、われわれの暦によれば十一月の末であつた。僕は生まれつき頗《すこぶ》る寒さに弱い体質である。しかし報道記者としての僕の野心は、つひに一切の顧慮や逡巡《しゅんじゅん
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