なるほどあの人の手紙には、もうちゃんと士官になって、十字章ももらい名誉の負傷もある身だと書いてはありましたけれど、そのため伯爵のもてなしぶりが昔と違おうなどとは、とても考えられなかった」からであった。
 手みじかに言えばつまり、相変らず彼が打擲されはしまいかと案じたわけである。

      ※[#ローマ数字18、197−2]

 あくる朝はやく、リュボーフィ・オニーシモヴナは仔牛を日なたへ出して、小さな盥《たらい》に入れたパン皮や乳で養いはじめたが、その時とつぜん、異様な物音がきこえだした。それはお屋敷の奉公人たちが、「自由に」垣根のそとを何処かへ急いで行くらしく、どんどん駈けだしながら、何やら早口でわめきかわしているのだった。
 ――一体なにを話しているのやら(と、乳母は語るのだった――)、わたしには一言も聞きとれませんでしたが、その一言一言がまるで匕首になって、この胸に突きささる思いがしましたよ。その時ちょうど、肥《こえ》運びのフィリップが門内へ乗りこんで来ましたので、わたしは渡りに舟とばかり、――
「ねえフィーリュシカ、ひょっとしてお前さん知らないかい? あの人たちは何しに行く
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