が、それは無理難題というものだ。というのは、わたしが存命中アルカーシカのやつには、わたし以外の誰の調髪もさせんと固く誓言したからだよ。まあ考えてもごらん――いやしくも一たん約束したことを、わたしがわが家の奴隷の前で、むざむざ破っていいものかな?」
相手はこうやり返します、――
「なんの仔細があるものですか。あんたが定めたことを、あんたが変えるのにさ。」
けれどあるじの伯爵さまは、そんな理窟はいっそ奇怪千万だと答えなさりました。
「一たんわたしが」と仰しゃるのです、――「自分からそんな事をはじめたら、今後うちの者らに示しがつくと思うかな? アルカーシカのやつには、わたしがそう決めたと申し渡してあるし、一同もそれを心得ている。さればこそあいつの給金も、ほかの皆よりは一段と奮発してあるのだから、万一あいつが謀反気を起して、わたし以外の者のつむりにその芸をふるうような真似をしたなら、わたしはやつを死ぬほど鞭打ったうえ、兵隊にやってしまうつもりだよ。」
弟ぎみはこう言います、――
「そのどっちか一つでしょうな――死ぬほど鞭打つか、それとも兵隊にやるか。両方いっしょにやるのは無理でしょうな。
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