ると註文がなかなかむずかしくて、上長の前では柔和さが第一、目下にたいしてはどこまでも毅々《たけだけ》しく、威高気に見えなければいけないのです。
 つまりそれは、かねがねアルカージイが伯爵のさっぱり見栄えのしないみっともない御面相に取って附ける妙を得ていた、当のものだったのです。

      ※[#ローマ数字7、1−13−27]

 田舎住まいの弟ぎみは、町住まいの兄ぎみよりも一段と醜男《ぶおとこ》でしたが、かてて加えて村里ぐらしのうちにすっかり「毛もくじゃら」になって、おまけに「つらの皮がごわごわ」になっていることに、自分でもさすがに気がついていたほどでしたけれど、さりとて誰ひとり顔をあたってくれる者がなかったのは、万事が万事しわんぼうな生まれつきだったので、お抱えの理髪師を年貢代りにモスクヴァへ奉公に出していたからなのです。そればかりかこの弟ぎみの顔は、一めんに瘤々だらけと来ているものですから、仮りにもそれを剃る段になったら、そこらじゅう切り疵だらけにせずには済まぬ始末だったのでした。
 さてこの人がオリョールに出てくると、町の床屋の面々を呼びあつめて、こう申し渡したものです、――
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