は飲まずにいられるうちは飲まないがいいよ。まあわたしがこうして、ちびりちびりやるといって、咎めだてはしないでおくれね――わたしは辛くってならないんだからね。けれどお前さんには、まだまだこの世に慰めがあろうというものさ。だってあの人は、神様のお計らいで、魔手をのがれたんだものねえ!……」
 わたしは思わず、「死んだのだ!」と叫ぶと、とっさに自分の髪の毛をつかみましたが、見るとその髪が、わたしの髪の毛ではない、――白髪なんです。……なんてことだろう!
 すると婆さんが、こう言いました、――
「しっかりおし、しっかりおし。お前さんの髪は、あの小部屋で、首に巻きつけた垂髪《おさげ》を人が解いてくれたその時から、もうまっ白だったんだよ。けれどあの人は生きてるよ。しかももう、責めも苛なみもされない境涯なんだよ。伯爵はあの人に、かいびゃく以来の恩典をほどこしたんだよ、――その話はその話で、夜が更けてからすっかりして上げるがね、まあも少し嘗めさせておくれよ。もうちっとやらないことにゃ……胸《ここ》んところが焼けつくようで、とんとやりきれないのさ。」
 そう言いながら、ちびりちびりやるうちに、ぐっすり婆さんは寝てしまいました。
 やがて夜が更けて、みんな寝しずまった頃、ドロシーダ小母さんはこっそり起きあがって、蝋燭もとぼさずに枕もとへ寄って来ました。見るとまたもや例の水筒を一ぱいやってから、またそれを匿すと、小声でわたしに問いかけるのです、――
「気の毒な娘さん、寝てるかい?」
 わたしが、
「起きてますわ」と答えます。
 そこで小母さんが藁床のそばへやって来て、話してくれたところによると、伯爵は一通りの窮命がすむと、アルカージイを呼び寄せて、こう申し渡したのだそうです、――
「本来ならお前は、兼々わしが言っておいた通りの目に逢わねばならんところなのだが、日ごろの寵愛に免じて、今度だけは特に寛大な処置をしてとらせる。わしはお前を、身代金なしで明日《あす》兵隊に出してやる。しかもお前が、れっきとした伯爵でもあり士族でもあるあの弟のやつのピストルに、びくともしなかったあの剛胆さに賞でて、名誉ある前途を開いてやることにしよう。わしとしては、お前が示した天晴れな根性骨より低い地位に、お前をつけたいとは思わんのだ。わしは手紙を書いて、お前をすぐさま戦場へ出すように言ってやろう。それも一兵卒とし
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