、あるいは肉体的の影響は、この三つの作品にもとりどりの色合いで反映を見せている。その一面、作家チェーホフの暗鬱《あんうつ》をきわめる精神の内部にようやく一脈の微光がさしそめて、未来の日の希望へと見開かれる末期のひとみの用意ができあがろうとしていることも、恐らくは否定しがたい事実で、心ゆくまで地味で落ちついたこれら作品の地膚の上には、彼の世界観のおのずからなる推移が、一種いい解きがたいなつかしいニュアンスとして投影している。
『ヨーヌィチ』Jonych[#「Jonych」は斜体] は一八九八年の作、同年九月の雑誌『畑』Niva[#「Niva」は斜体] の文芸付録に発表された。およそ暗鬱といえばチェーホフの全作品の中でもあまり類例を見ないほどの暗鬱な作柄で、窒息せんばかりの小市民生活の泥沼をひたむきにえぐり描いた同年の名作『箱入り男』Chelovek vi futljale[#「Chelovek vi futljale」は斜体] と同じ系統に属しながら、深い静かな味わいの点ではむしろそれを立ち越えるものがあるであろう。
『可愛い女』Dushechka[#「Dushechka」は斜体] は一
前へ 次へ
全5ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
神西 清 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング