ん》とゐられやう、况《ま》して一|年《ねん》、二|年《ねん》など到底《たうてい》辛棒《しんぼう》をされるものでないと思《おも》ひ付《つ》いた。さう思《おも》へば益※[#二の字点、1−2−22]《ます/\》居堪《ゐたま》らず、衝《つ》と立《た》つて隅《すみ》から隅《すみ》へと歩《ある》いて見《み》る。『さうしてから奈何《どう》する、あゝ到底《たうてい》居堪《ゐたゝま》らぬ、這麼風《こんなふう》で一|生《しやう》!』
彼《かれ》はどつかり坐《すわ》つた、横《よこ》になつたが又《また》起直《おきなほ》る。而《さう》して袖《そで》で額《ひたひ》に流《なが》れる冷汗《ひやあせ》を拭《ふ》いたが顏中《かほぢゆう》燒魚《やきざかな》の腥※[#「月+亶」、第3水準1−90−52]《なまぐさ》い臭《にほひ》がして來《き》た。彼《かれ》は又《また》歩《ある》き出《だ》す。『何《なに》かの間違《まちが》ひだらう……話合《はなしあ》つて見《み》にや解《わか》らん、屹度《きつと》誤解《ごかい》が有《あ》るのだ。』
イワン、デミトリチはふと眼《め》を覺《さま》し、脱然《ぐつたり》とした樣子《やうす》で兩《りやう》の拳《こぶし》を頬《ほゝ》に突《つ》く。唾《つば》を吐《は》く。初《はじ》め些《ちよつ》と彼《かれ》には前院長《ぜんゐんちやう》に氣《き》が付《つ》かぬやうで有《あ》つたが施《やが》て其《そ》れと見《み》て、其寐惚顏《そのねぼけがほ》には忽《たちま》ち冷笑《れいせう》が浮《うか》んだので。
『あゝ貴方《あなた》も此《こゝ》へ入《い》れられましたのですか。』と彼《かれ》は嗄《しはが》れた聲《こゑ》で片眼《かため》を細《ほそ》くして云《い》ふた。『いや結構《けつこう》、散々《さん/″\》人《ひと》の血《ち》を恁《か》うして吸《す》つたから、此度《こんど》は御自分《ごじぶん》の吸《す》はれる番《ばん》だ、結構々々《けつこう/\》。』
『何《なに》かの多分《たぶん》間違《まちがひ》です。』とアンドレイ、エヒミチは肩《かた》を縮《ちゞ》めて云《い》ふ。『間違《まちがひ》に相違《さうゐ》ないです。』
イワン、デミトリチは又《また》も床《ゆか》に唾《つば》を吐《は》いて、横《よこ》になり、而《さう》して呟《つぶや》いた。『えゝ、生甲斐《いきがひ》の無《な》い生活《せいくわつ》だ、如何《いか》にも殘念《ざんねん》な事《こと》だ、此《こ》の苦痛《くつう》な生活《せいくわつ》がオペラにあるやうな、アポテオズで終《をは》るのではなく、是《これ》があゝ死《し》で終《をは》るのだ。非人《ひにん》が來《き》て、死者《ししや》の手《て》や、足《あし》を捉《とら》へて穴《あな》の中《なか》に引込《ひきこ》んで了《しま》ふのだ、うツふ! だが何《なん》でもない……其換《そのかは》り俺《おれ》は彼《あ》の世《よ》から化《ば》けて來《き》て、此處《こゝ》らの奴等《やつら》を片端《かたツぱし》から嚇《おど》して呉《く》れる、皆《みんな》白髮《しらが》にして了《しま》つて遣《や》る。』
折《をり》しもモイセイカは外《そと》から歸《かへ》り來《きた》り、其處《そこ》に前院長《ぜんゐんちやう》のゐるのを見《み》て、直《すぐ》に手《て》を延《のば》し、
『一|錢《せん》お呉《くん》なさい!』
(十八)
アンドレイ、エヒミチは窓《まど》の所《ところ》に立《た》つて外《そと》を眺《なが》むれば、日《ひ》はもうとツぷり[#「とツぷり」に傍点]と暮《く》れ果《は》てゝ、那方《むかふ》の野廣《のびろ》い畑《はた》は暗《くら》かつたが、左《ひだり》の方《はう》の地平線上《ちへいせんじやう》より、今《いま》しも冷《つめ》たい金色《こんじき》の月《つき》が上《のぼ》る所《ところ》、病院《びやうゐん》の塀《へい》から百|歩計《ぽばか》りの處《ところ》に、石《いし》の牆《かき》の繞《めぐ》らされた高《たか》い、白《しろ》い家《いへ》が見《み》える。是《これ》は監獄《かんごく》で有《あ》る。
『是《これ》が現實《げんじつ》と云《い》ふものか。』アンドレイ、エヒミチは思《おも》はず慄然《ぞつ》とした。
凄然《せいぜん》たる月《つき》、塀《へい》の上《うへ》の釘《くぎ》、監獄《かんごく》、骨燒場《ほねやきば》の遠《とほ》い焔《ほのほ》、アンドレイ、エヒミチは有繋《さすが》に薄氣味惡《うすきみわる》い感《かん》に打《う》たれて、しよんぼり[#「しよんぼり」に傍点]と立《た》つてゐる。と直後《すぐうしろ》に、吐《ほつ》と計《ばか》り溜息《ためいき》の聲《こゑ》がする。振返《ふりかへ》れば胸《むね》に光《ひか》る徽章《きしやう》やら、勳章《くんしやう》やらを下《さ》げた男《をとこ》が、ニヤリと計
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