はじ》めて悟《さと》り、自分《じぶん》に懸《か》けられた質問《しつもん》を思《おも》ひ出《だ》し、一人《ひとり》自《みづか》ら赤面《せきめん》し、一|生《しやう》の中《うち》今《いま》初《はじ》めて、醫學《いがく》なるものを、つくづくと情無《なさけな》い者《もの》に感《かん》じたのである。
其晩《そのばん》、郵便局長《いうびんきよくちやう》のミハイル、アウエリヤヌヰチは彼《かれ》の所《ところ》に來《き》たが、挨拶《あいさつ》もせずに匆卒《いきなり》彼《かれ》の兩手《りやうて》を握《にぎ》つて、聲《こゑ》を顫《ふる》はして云《い》ふた。
『おゝ君《きみ》、ねえ、君《きみ》は僕《ぼく》の切《せつ》なる意中《いちゆう》を信《しん》じて、僕《ぼく》を親友《しんいう》と認《みと》めて呉《く》れる事《こと》を證《しよう》して下《くだ》さるでせうね……え、君《きみ》!』
彼《かれ》は院長《ゐんちやう》の云《い》はんとするのを遮《さへぎ》つて、何《なに》かそわ/\して續《つゞ》けて云《い》ふ。『私《わたし》は貴方《あなた》の教育《けういく》と、高尚《かうしやう》なる心《こゝろ》とを甚《はなは》だ敬愛《けいあい》して居《を》るです。何卒《どうぞ》君《きみ》、私《わたし》の云《い》ふことを聞《き》いて下《くだ》さい。醫學《いがく》の原則《げんそく》は、醫者等《いしやら》をして貴方《あなた》に實《じつ》を云《い》はしめたのです。然《しか》しながら私《わたし》は軍人風《ぐんじんふう》に眞向《まつかう》に切出《きりだ》します。貴方《あなた》に打明《うちあ》けて云《い》ひます、即《すなは》ち貴方《あなた》は病氣《びやうき》なのです。是《これ》はもう周圍《まはり》の者《もの》の疾《と》うより認《みと》めてゐる所《ところ》で、只今《たゞいま》もドクトル、エウゲニイ、フエオドロヰチが云《い》ふのには、貴方《あなた》の健康《けんかう》の爲《ため》には、須《すべから》く氣晴《きばらし》をして、保養《ほやう》を專《せん》一と爲《せ》んければならんと。是《これ》は實際《じつさい》です。所《ところ》が、丁度《ちやうど》私《わたし》も此《こ》の節《せつ》、暇《ひま》を貰《もら》つて、異《かは》つた空氣《くうき》を吸《す》ひに出掛《でか》けやうと思《おも》つてゐる矢先《やさき》、如何《どう》でせう、一|所《しよ》に付合《つきあ》つては下《くだ》さらんか、而《さう》して舊事《ふるいこと》を皆《みな》忘《わす》れて了《しま》ひませうぢや有《あ》りませんか。』
『然《しか》し私《わたし》は少《すこ》しも身體《からだ》に異状《いじやう》は無《な》いです、壯健《さうけん》です。無暗《むやみ》に出掛《でか》ける事《こと》は出來《でき》ません、何卒《どうぞ》私《わたし》の友情《いうじやう》を他《た》の事《こと》で何《なん》とか證《しよう》させて下《くだ》さい。』
アンドレイ、エヒミチは初《はじめ》の一|分時《ぷんじ》は、何《なん》の意味《いみ》もなく書物《しよもつ》と離《はな》れ、ダリユシカと麥酒《ビール》とに別《わか》れて、二十|年來《ねんらい》定《さだ》まつた其生活《そのせいくわつ》の順序《じゆんじよ》を破《やぶ》ると云《い》ふ事《こと》は出來《でき》なく思《おも》ふたが、又《また》深《ふか》く思《おも》へば、市役所《しやくしよ》で有《あ》りし事《こと》、其自《そのみづか》ら感《かん》じた不愉快《ふゆくわい》の事《こと》、愚《おろか》な人々《ひと/″\》が自分《じぶん》を狂人視《きやうじんし》してゐる這麼町《こんなまち》から、少《すこ》しでも出《で》て見《み》たらば、とも思《おも》ふので有《あ》つた。
『然《しか》し貴方《あなた》は一|體《たい》何處《どこ》へお出掛《でか》けにならうと云《い》ふのです?』院長《ゐんちやう》は問《と》ふた。
『モスクワへも、ペテルブルグへも、ワルシヤワへも……ワルシヤワは實《じつ》に好《よ》い所《ところ》です、私《わたし》が幸福《かうふく》の五|年間《ねんかん》は彼處《あすこ》で送《おく》つたのでした、其《そ》れは好《い》い町《まち》です、是非《ぜひ》行《ゆ》きませう、ねえ君《きみ》。』
(十三)
一|週間《しうかん》を經《へ》てアンドレイ、エヒミチは、病院《びやうゐん》から辭職《じしよく》の勸告《くわんこく》を受《う》けたが、彼《かれ》は其《そ》れに對《たい》しては至《いた》つて平氣《へいき》であつた。恁《か》くて又《また》一|週間《しうかん》を過《す》ぎ、遂《つひ》にミハイル、アウエリヤヌヰチと共《とも》に郵便《いうびん》の旅馬車《たびばしや》に打乘《うちの》り、近《ちか》き鐵道《てつだう》のステーシヨンを差《さ》して、旅
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