そ》れを聞《き》きませう。』
『其《そ》れは私《わたし》の權内《けんない》に無《な》い事《こと》なのです。まあ、考《かんが》へて御覽《ごらん》なさい、私《わたし》が假《かり》に貴方《あなた》を此《こゝ》から出《だし》たとして、甚麼利益《どんなりえき》が有《あ》りますか。先《ま》づ出《で》て御覽《ごらん》なさい、町《まち》の者《もの》か、警察《けいさつ》かが又《また》貴方《あなた》を捉《とら》へて連《つ》れて參《まゐ》りませう。』
『左樣《さやう》さ/\其《そ》れは然《さ》うだ。』と、イワン、デミトリチは額《ひたひ》の汗《あせ》を拭《ふ》く、『其《そ》れは然《さ》うだ、然《しか》し私《わたし》は如何《どう》したら可《よ》からう。』
アンドレイ、エヒミチはイワン、デミトリチの顏付《かほつき》、眼色《めいろ》抔《など》を酷《ひど》く氣《き》に入《い》つて、如何《どう》かして此《こ》の若者《わかもの》を手懷《てなづ》けて、落着《おちつ》かせやうと思《おも》ふたので、其寐臺《そのねだい》の上《うへ》に腰《こし》を下《おろ》し、些《ちよつ》と考《かんが》へて、偖《さて》言出《いひだ》す。
『貴方《あなた》は如何《どう》したら可《よ》からうと有仰《おつしや》るが。貴方《あなた》の位置《ゐち》を好《よ》くするのには、此《こゝ》から逃出《にげだ》す一|方《ぱう》です。然《しか》し其《そ》れは殘念《ざんねん》ながら無益《むえき》に歸《き》するので、貴方《あなた》は到底《たうてい》捉《とら》へられずには居《を》らんです。社會《しやくわい》が犯罪人《はんざいにん》や、精神病者《せいしんびやうしや》や、總《すべ》て自分等《じぶんら》に都合《つがふ》の惡《わる》い人間《にんげん》に對《たい》して、自衞《じゑい》を爲《な》すのには、如何《どう》したつて勝《か》つ事《こと》は出來《でき》ません。で、貴方《あなた》の爲《な》すべき所《ところ》は一つです。即《すなは》ち此處《こゝ》に居《ゐ》る事《こと》が必要《ひつえう》であると考《かんが》へて、安心《あんしん》をしてゐるのみです。』
『いや、誰《たれ》にも此處《こゝ》は必要《ひつえう》ぢや有《あ》りません。』
『然《しか》し已《すで》に監獄《かんごく》だとか、瘋癲病院《ふうてんびやうゐん》だとかの存在《そんざい》する以上《いじやう》は、誰《たれ》か
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