い》人間《にんげん》は自分《じぶん》の意旨《いし》に反《はん》して、或《あるひ》は偶然《ぐうぜん》な事《こと》の爲《ため》に、無《む》から生活《せいくわつ》に喚出《よびだ》されたものであるのです……。』
『其《そ》れは眞實《まつたく》です。』
と、ミハイル、アウエリヤヌヰチは云《い》ふ。
 アンドレイ、エヒミチは依然《やはり》相手《あひて》の顏《かほ》を見《み》ずに、知識《ちしき》ある者《もの》の話計《はなしばか》りを續《つゞ》ける、ミハイル、アウエリヤヌヰチは注意《ちゆうい》して聽《き》いてゐながら『其《そ》れは眞實《まつたく》です。』と、其《そ》れ計《ばか》りを繰返《くりかへ》してゐた。
『然《しか》し君《きみ》は靈魂《れいこん》の不死《ふし》を信《しん》じなさらんのですか?』
と俄《にはか》にミハイル、アウエリヤヌヰチは問《と》ふ。
『いや、ミハイル、アウエリヤヌヰチ、信《しん》じません、信《しん》じる理由《りいう》が無《な》いのです。』と、院長《ゐんちやう》は云《い》ふ。
『實《じつ》を申《まを》すと私《わたし》も疑《うたが》つてゐるのです。然《しか》し尤《もつと》も、私《わたくし》は或時《あるとき》は死《し》なん者《もの》のやうな感《かんじ》もするですがな。其《そ》れは時時《とき/″\》恁《か》う思《おも》ふ事《こと》があるです。
 這麼老朽《こんならうきう》な體《からだ》は死《し》んでも可《い》い時分《じぶん》だ、とさう思《おも》ふと、忽《たちま》ち又《また》何《なん》やら心《こゝろ》の底《そこ》で聲《こゑ》がする、氣遣《きづか》ふな、死《し》ぬ事《こと》は無《な》いと云《い》つて居《ゐ》るやうな。』
 九|時《じ》少《すこ》し過《す》ぎ、ミハイル、アウエリヤヌヰチは歸《かへ》らんとて立上《たちあが》り、玄關《げんくわん》で毛皮《けがは》の外套《ぐわいたう》を引掛《ひつか》けながら溜息《ためいき》して云《い》ふた。
『然《しか》し我々《われ/\》は隨分酷《ずゐぶんひど》い田舍《ゐなか》に引込《ひつこ》んだものさ、殘念《ざんねん》なのは、這麼處《こんなところ》で往生《わうじやう》をするのかと思《おも》ふと、あゝ……。』

       (七)

 親友《しんいう》を送出《おくりだ》して、アンドレイ、エヒミチは又《また》讀書《どくしよ》を初《はじ》めるのであ
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