《のうふ》が叫《さけ》ぶ。イワン、デミトリチは兩耳《りやうみゝ》がガンとして、世界中《せかいぢゆう》の有《あら》ゆる壓制《あつせい》が、今《いま》彼《かれ》の直《す》ぐ背後《うしろ》に迫《せま》つて、自分《じぶん》を追駈《おひか》けて來《き》たかのやうに思《おも》はれた。
彼《かれ》は捕《とら》へられて家《いへ》に引返《ひきかへ》されたが、女主人《をんなあるじ》は醫師《いしや》を招《よ》びに遣《や》られ、ドクトル、アンドレイ、エヒミチは來《き》て彼《かれ》を診察《しんさつ》したのであつた。
而《さう》して頭《あたま》を冷《ひや》す藥《くすり》と、桂梅水《けいばいすゐ》とを服用《ふくよう》するやうにと云《い》つて、不好《いや》さうに頭《かしら》を振《ふ》つて、立歸《たちかへ》り際《ぎは》に、もう二|度《ど》とは來《こ》ぬ、人《ひと》の氣《き》の狂《くる》ふ邪魔《じやま》を爲《す》るにも當《あた》らないからとさう云《い》つた。
恁《か》くてイワン、デミトリチは宿《やど》を借《かり》る事《こと》も、療治《れうぢ》する事《こと》も、錢《ぜに》の無《な》いので出來兼《できか》ぬる所《ところ》から、幾干《いくばく》もなくして町立病院《ちやうりつびやうゐん》に入《い》れられ、梅毒病患者《ばいどくびやうくわんじや》と同室《どうしつ》する事《こと》となつた。然《しか》るに彼《かれ》は毎晩《まいばん》眠《ねむ》らずして、我儘《わがまゝ》を云《い》つては他《ほか》の患者等《くわんじやら》の邪魔《じやま》をするので、院長《ゐんちやう》のアンドレイ、エヒミチは彼《かれ》を六|號室《がうしつ》の別室《べつしつ》へ移《うつ》したのであつた。
一|年《ねん》を經《へ》て、町《まち》ではもうイワン、デミトリチの事《こと》は忘《わす》れて了《しま》つた。彼《かれ》の書物《しよもつ》は女主人《をんなあるじ》が橇《そり》の中《なか》に積重《つみかさ》ねて、軒下《のきした》に置《お》いたのであるが、何處《どこ》からともなく、子供等《こどもら》が寄《よ》つて來《き》ては、一|册《さつ》持《も》ち行《ゆ》き、二|册《さつ》取去《とりさ》り、段々《だん/\》に皆《みんな》何《いづ》れへか消《き》えて了《しま》つた。
(四)
イワン、デミトリチの左《ひだり》の方《はう》の隣《となり》は、
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