つ》へ這入《はひ》つて行《い》つたが、ニキタは例《れい》の通《とほ》り雜具《がらくた》の塚《つか》の上《うへ》から起上《おきあが》つて、彼等《かれら》に禮《れい》をする。
『肺《はい》の方《はう》から來《き》た病人《びやうにん》なのですがな。』とハヾトフは小聲《こごゑ》で云《い》ふた。『や、私《わたし》は聽診器《ちやうしんき》を忘《わす》れて來《き》た、直《す》ぐ取《と》つて來《き》ますから、些《ちよつ》と貴方《あなた》は此處《こゝ》でお待《ま》ち下《くだ》さい。』
と彼《かれ》はアンドレイ、エヒミチを此《こゝ》に一人《ひとり》殘《のこ》して立去《たちさ》つた。
(十七)
日《ひ》は已《すで》に沒《ぼつ》した。イワン、デミトリチは顏《かほ》を枕《まくら》に埋《うづ》めて寐臺《ねだい》の上《うへ》に横《よこ》になつてゐる。中風患者《ちゆうぶくわんじや》は何《なに》か悲《かな》しさうに靜《しづか》に泣《な》きながら、唇《くちびる》を動《うご》かしてゐる。肥《ふと》つた農夫《のうふ》と、郵便局員《いうびんきよくゐん》とは眠《ねむ》つてゐて、六|號室《がうしつ》の内《うち》は闃《げき》として靜《しづか》かであつた。
アンドレイ、エヒミチは、イワン、デミトリチの寐臺《ねだい》の上《うへ》に腰《こし》を掛《か》けて、大約《おほよそ》半時間《はんじかん》も待《ま》つてゐると、室《へや》の戸《と》は開《あ》いて、入《はひ》つて來《き》たのはハヾトフならぬ小使《こづかひ》のニキタ。病院服《びやうゐんふく》、下着《したぎ》、上靴抔《うはぐつなど》、小腋《こわき》に抱《かゝ》へて。
『何卒《どうぞ》閣下《かくか》是《これ》をお召《め》し下《くだ》さい。』と、ニキタは前院長《ぜんゐんちやう》の前《まへ》に立《た》つて丁寧《ていねい》に云《い》ふた。『那《あれ》が閣下《かくか》のお寐臺《ねだい》で。』と、彼《かれ》は更《さら》に新《あたら》しく置《おか》れた寐臺《ねだい》の方《はう》を指《さ》して。『何《なん》でも有《あ》りませんです。必《かなら》ず直《すぐ》に御全快《ごぜんくわい》になられます。』
アンドレイ、エヒミチは是《こゝ》に至《いた》つて初《はじ》めて讀《よ》めた。一|言《ごん》も言《い》はずに彼《かれ》はニキタの示《しめ》した寐臺《ねだい》に移《うつ》り、
前へ
次へ
全99ページ中87ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
チェーホフ アントン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング