》いが、術《じゆつ》に掛《か》けては又《また》なか/\侮《あなど》られんと思《おも》ふ。で願《ねがは》くはだ、君《きみ》、何卒《どうぞ》一つ充分《じゆうぶん》に彼《かれ》を信《しん》じて、療治《れうぢ》を專《せん》一にして頂《いたゞ》きたい。彼《かれ》も私《わたし》に屹度《きつと》君《きみ》を引受《ひきう》けると云《い》つてゐたよ。』
アンドレイ、エヒミチは此《こ》の切《せつ》なる同情《どうじやう》の言《ことば》と、其上《そのうへ》涙《なみだ》をさへ頬《ほゝ》に滴《た》らしてゐる郵便局長《いうびんきよくちやう》の顏《かほ》とを見《み》て、酷《ひど》く感動《かんどう》して徐《しづか》に口《くち》を開《ひら》いた。
『君《きみ》は彼等《かれら》を信《しん》じなさるな。嘘《うそ》なのです。私《わたし》の病氣《びやうき》と云《い》ふのは抑《そも/\》恁《か》うなのです。二十|年來《ねんらい》、私《わたし》は此《こ》の町《まち》にゐて唯《たゞ》一人《ひとり》の智者《ちしや》に遇《あ》つた。所《ところ》が其《そ》れは狂人《きちがひ》で有《あ》ると云《い》ふ、是丈《これだけ》の事實《じゝつ》です。で私《わたし》も狂人《きちがひ》にされて了《しま》つたのです。然《しか》しなあに私《わたし》は奈何《どう》でも可《い》いので、からして畢竟《つまり》何《なん》にでも同意《どうい》を致《いた》しませう。』
『病院《びやうゐん》へお入《はひ》りなさい、ねえ君《きみ》。』
『左樣《さやう》、奈何《どう》でも可《い》いです、縱令《よしんば》穴《あな》の中《なか》に入《はひ》るのでも。』
『で、君《きみ》は萬事《ばんじ》エウゲニイ、フエオドロヰチの言《ことば》に從《したが》ふやうに、ねえ君《きみ》、頼《たの》むから。』
『宜《よろ》しい、私《わたし》は今《いま》は實《じつ》以《もつ》て二《につ》ちも三《さつ》ちも行《ゆ》かん輪索《わな》に陷沒《はま》つて了《しま》つたのです。もう萬事休矣《おしまひ》です覺悟《かくご》はしてゐます。』
『いや屹度《きつと》平癒《なほる》ですよ。』
格子《こうし》の外《そと》には公衆《こうしゆう》が次第《しだい》に群《むらが》つて來《く》る。アンドレイ、エヒミチは、ミハイル、アウエリヤヌヰチの公務《こうむ》の邪魔《じやま》を爲《す》るのを恐《おそ》れて、話《はなし
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