、人間なら誰にもあることなのだ。……例えばあの将軍にしたって、若い頃には恋をして、現在じゃ女房もあれば子供もあるというわけだ。ヴァフテル大尉だってそうだ。あんなみっともない真赤な後頸《うしろくび》をして、胴中ときたらまるで四斗樽みたいなずんぐりもっくりなくせに、ちゃんと女房があって、おまけに大事にされている。……サーリマノフときたらあの通りのがさつ者で、おまけに韃靼《ダッタン》人のこちこちときているんだが、あの男にだって一場のロマンスがあって、まんまと恋女房を手に入れたのだ。……俺にしたってみんな同じ人間だ、晩《おそ》かれ早かれみんなと同じ経験をするに違いないんだ……』
 そして自分だって世間なみの人間だ、自分の生活だって世間なみなんだという想念で、彼は嬉しくなって勇気も出てきた。彼はもう思いっきり大胆に、例の女[#「例の女」に傍点]の面影や、やがて来るべき自分の幸福を心に描いて、なんの憚るところもなく想像の翼をひろげて行った。……
 やがて日暮れになって旅団が目的地に着いて、将校たちがてんでに天幕にはいって休息している頃、リャボーヴィチ、メルズリャコーフ、それにロブィトコの三人は、大
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