退役軍人だという或る地主の伯爵から、お茶に招かれたことがある。客あしらいのいい親身のこもった伯爵は、下へも置かず彼ら一同をもてなして、たらふく飲み食いさせたばかりか、村の宿舎へは帰さずに、とうとうひきとめてその邸に泊らせてしまった。勿論それはいちいち結構ずくめの話で、それ以上慾を言うには当らないけれど、ただ迷惑至極だったのは、この退役軍人が青年将校を見て方図もなく喜んでしまったことである。彼は夜が白々と明けかかるまで将校連を相手に楽しかった自分の過去のエピソードを話してきかせたり、部屋から部屋へ案内して※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]ったり、高価な絵画や古い版画、珍しい武器などを次つぎに披露したり、高位高官の人々の直筆の手紙を読んで聴かせたりしてくれたものだが、一方へとへとに草疲《くたび》れきってしまった将校連はどうかというと、かつは謹聴しかつは拝観しながら、寝床こいしさに矢も楯もたまらず、こっそり袖口であくびをかくすという惨状だった。やっと彼らを放免してくれた頃には、時すでに寝るには遅かった。
 今度のフォン=ラッベクもそんな人物じゃないだろうか? いや、そんな人物であろうとなかろうと、事ここに及んではいかんとも施す術がなかった。将校連は服装をととのえ、念入りにブラシをかけて、さてがやがやと群をなして地主屋敷を捜しに出かけた。教会のそばの広場で道をきくと、地主様さ行くなら下の道からも行ける――それは教会の裏手から川さ下りて、川ぶち伝いにお庭まで出れば、あとは並木道がちゃんと目当ての場所へ連れて行ってくれる、もう一つは上の道で――これは教会から真直ぐ往還さ行けば、村をはずれて四五町ほどで地主様の穀倉に行き当る、とそんな工合に教えてくれた。将校たちは上の道をとることにした。
「フォン=ラッベクってそもそも何者だろうな?」と彼らは途々評定しあった。「プレヴナの戦でN騎兵師団の指揮をした、あの人じゃないかな?」
「いや、あれはフォン=ラッベクじゃない、ただのラッベだ、それにフォンなしだ。」
「だがまあ、なんていい天気だい!」
 地主の穀倉のとっつきの一棟のところで、道は二筋に分れていた。一方は真直ぐに走って夕闇の中へ消えており、もう一つは右手へ折れて地主屋敷に通じていた。……将校たちは右へまがると、声を低めて話しはじめた。……道の両側にはずっと、赤い屋根をした石
前へ 次へ
全24ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
チェーホフ アントン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング