フ いかにも、僕《ぼく》は禿げの旦那だ、それを誇りとしてるんだ!
ワーリャ (くよくよ案じながら)楽隊をやとったりして、払いはどうするつもりかしら? (退場)
トロフィーモフ (ピーシチクに)あなたが一生のあいだに利子を払う金の工面に費やしたエネルギーが、何かもしほかのことに向けられたとしたら、おそらくあなたはとどのつまり、地球をひっくり返すこともできたろうになあ。
ピーシチク ニーチェがね……哲学者の……誰《だれ》しらぬ者もない、えら物《ぶつ》ちゅうのえら物の……あのすごい知恵者がな、その著述のなかで、にせ札は作ってもいいとか言っているが。
トロフィーモフ あなたは、ニーチェを読んだんですか?
ピーシチク いや、なに。……うちのダーシェンカが話してくれたのさ。ところで現在わたしは、ええ一つ、にせ札でも作ってやろうか、といった土壇場《どたんば》でな。……あさって三百十ルーブリ払わにゃならん……百三十はやっとできたが……(ポケットをさわってみて、あわてて)金がなくなった! 金を落したぞ! (泣き声で)どこへ行ったんだろう? (嬉《うれ》しそうに)ああ、あった、服の裏へもぐりこんでいた。…
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