がら、いんぎんに)こちらを通っても宜《よろ》しいでしょうか?
ドゥニャーシャ まあ、見ちがえるようだわ、ヤーシャ。あんた、外国ですっかり立派になって。
ヤーシャ ふむ。……どなたでしたっけ?
ドゥニャーシャ あんたがここを発った時は、あたしまだこんなだったわ……(床からの高さを手で示す)ドゥニャーシャよ、フョードル・コゾエードフの娘よ。覚えていないのね!
ヤーシャ ふむ。……可愛いキュウリさん! (あたりを見回し、彼女を抱く。彼女はキャッと叫んで受け皿《ざら》を落す。ヤーシャすばやく退場)
ワーリャ (ドアの敷居で、不興げな声で)また何かしたの?
ドゥニャーシャ (涙ごえで)お皿を割りました。……
ワーリャ そりゃいい前兆ね。
アーニャ (自分の部屋から出てきながら)ママに言っとかなくちゃいけないわ、ペーチャが来ているって……
ワーリャ わたし、あの人を起さないように言いつけたの。
アーニャ (考えこんで)六年まえに、お父さまが亡《な》くなって、それから一月《ひとつき》すると弟のグリーシャが、川で溺《おぼ》れたんだわ。可愛い七つの子だったのに。ママは、もう辛抱《しんぼう》がならなくなって、出てらしたのだわ。……あとも振返らずに、出てらしたんだわ。……(身ぶるいする)わたしママの気持よくわかるの、それがママに通じたらばねえ! (間)あのペーチャ・トロフィーモフは、グリーシャの家庭教師だったんだから、またお思い出しになるかも知れないわね……
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フィールス登場。セビロに白チョッキのいでたち。
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フィールス (コーヒー沸かしのところへ行き、心配そうに)奥さまは、こちらで召し上がるとおっしゃる。……(白手袋を両手にはめる)よいかな、コッフィーは? (ドゥニャーシャに向って、きびしく)これ! クリームはどうした?
ドゥニャーシャ あら、どうしましょう……(あたふたと退場)
フィールス (コーヒー沸かしのまわりをそわそわしながら)ええ、この出来そこねえめが……(ぼそぼそ独り言をいう)パリからお帰りになった。……旦那《だんな》さまもいつぞや、パリへおいでなすったっけな……馬車でな……(声を立てて笑う)
ワーリャ フィールス、お前なに言ってるの?
フィールス はい、何と仰《おお》せで? (
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