ておりましてねえ」と彼女はお得意や知合いの誰彼に話すのだった。「何せあなた、以前わたくしどもでは土地の材木を商《あきな》っておりましたのですけれど、それが当節じゃヴァーシチカが毎とし材木の買い出しにモギリョフ県まで参らなければなりませんの。その運賃がまた大変でしてねえ!」そう言って彼女は、さもぞっとするように両手で頬をおさえて見せるのだった。「その運賃がねえ!」
 彼女は自分がもうずっとずっと前から材木屋をしているような気がし、この世の中で一ばん大切で必要なものは材木のように思えて、桁材だの、丸太だの、板割だの、薄板だの、小割だの、木舞《こまい》だの、台木だの、背板だの……といった言葉の中に、何となく親身なしみじみした響きが聞きとれるのだった。来る夜も来る夜も、眠りに落ちた彼女の夢に現われるのは、厚いまた薄い板材が山のようにいくつも積み上げられたところ、えんえんと涯《はて》しもない荷馬車の列が材木をどこか遠く町の外へ運んでゆくところだった。夢の中にはまた、七寸丸太の長さ三十尺近くもある奴が総立ちで一個連隊ほども旗鼓《きこ》堂々と材木置場へ押し寄せてくる光景、丸太や桁材や背板が互いにぶつかり合って、腹の底までしみとおるような乾いた木の音を鳴り響かせながら、どっと倒れては起き起きては倒れ、互いに相手を足場に踏まえて積み重なってゆく有様も出てきた。オーレンカが夢のなかできゃっと声を立てると、プストヴァーロフが優しい言葉をかけてやるのだった。――
「オーレンカ、おまえどうしたのさ、ええ? 十字をお切り!」
 良人の思うこと考えることは、同時にまた彼女の思うこと考えることだった。彼がこの部屋は熱すぎるとか、商売が近ごろひまになったとか考えると、彼女もそう考えるのだった。良人が物見遊山《ものみゆさん》は嫌いの性分で、休みの日には家にいるので、彼女もやはりそうしていた。
「まあ、しょっちゅうあなたはお家にばかり、でなければ事務所にばかりいらっしゃるのねえ」と知合いの人がよくそんなふうに言った。「たまには芝居へなり、ねえ可愛いあなた、それとも曲馬へなりいらっしゃればいいのに」
「わたくしどもヴァーシチカと二人には芝居見物の暇なんぞありませんのよ」と彼女は悟り澄ました調子で答えるのだった。「わたくしども自分の腕で御飯をいただいております者には、時間つぶしをする余裕なんかございませんわ
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