いたのは、やはり教会から帰る途中のヴァシーリイ・アンドレーイチ・プストヴァーロフという近所の男で、これは大問屋ババカーエフの材木置場の管理をまかされている人物だった。彼は麦わら帽子をかぶって、白いチョッキには金鎖をからませなどして、小商人というよりむしろ地主の旦那然としたいでたちだった。
「何事によらず物にはそれぞれ定まった命数というものがありましてね、オリガ・セミョーノヴナ」と彼は悟り澄ましたような調子で、声に同情を含ませて話すのだった。「ですから誰か身うちの者が死んだとしても、それはつまり神様の思召しなんですから、そんな場合にもわれわれは気をしっかり持って、すなおに堪《た》え忍ばなければならないんですよ」
 オーレンカを木戸のところまで送って来ると、彼は別れを告げて、そのまま向こうへ歩いて行った。それ以来というもの、日がな日ねもす彼女の耳には彼の悟り澄ましたような声がきこえ、ちょいと眼をつぶってもたちまち彼の真っ黒な髯《ひげ》がちらつくようになった。彼女はすっかり彼が気に入ってしまったのである。それのみか、どうやら彼女の方からも相手の胸に感銘を与えたらしいという証拠には、それから二、三日すると、平生あまり顔なじみのないさる年配の婦人がコーヒーを飲みにやって来て、食卓に向かって座を占めるが早いか、早速もうプストヴァーロフのことをしゃべり出して、あの人はしっかりしたいい人だ、あの人の所へならどんな花嫁さんでも喜んで行くにちがいない、などとまくし立てたものである。それから三日すると今度は当のプストヴァーロフまでが訪問して来た。彼はほんのちょっと、十分ばかりいただけで、あまり口数もきかなかったが、オーレンカはすっかり彼に恋してしまったのみか、それがまた一通りや二通りの慕いようではなく、その晩はまんじりともせずにまるで熱病にでもやられたように心を燃やし身を焦がし、朝になるのを待ちかねて例の年配の婦人を呼びに使いを走らせるという騒ぎだった。まもなく結納《ゆいのう》がすみ、やがて婚礼があった。
 プストヴァーロフとオーレンカは夫婦になって楽しく暮した。たいてい彼は昼飯まで材木置場に陣どっていて、それから外交に出掛けるのだったが、あとはオーレンカが引き受けて、夕方まで帳場に坐り込んで勘定書を作ったり、商品を送り出したりするのだった。
「当節じゃ材木が年々二割がたも値あがりになっ
前へ 次へ
全17ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
チェーホフ アントン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング