、この騒々しくて退屈きわまる、とはいえ文化的には違いない物の音《ね》を聴いているのは、――なんといっても実に愉《たの》しい、実にもの新しい気分だった。……
「よおし、猫ちゃんや、今日はまた何時《いつ》にない上出来だったぞ」とイヴァン・ペトローヴィチは両眼に涙をうかべて言った。娘が演奏を終えて起《た》ちあがった時にである。「*死ね、デニース、これ以上のものはもはや書けまい」
一同が彼女をとり巻いて、おめでとうを言ったり、驚嘆してみせたり、あれほどの音楽は絶えて久しく耳にしたことがないと断言したりするのを、彼女は無言のまま微《かす》かな笑みを浮かべて聴いていたが、その姿いっぱいに大きく『勝利』と書いてあった。
「素敵ですな! 素晴らしいものです!」
「素敵ですな!」スタールツェフも、満座の熱中にばつを合わせて言った。「どちらで音楽をお習いになったんですか?」と彼はエカテリーナ・イヴァーノヴナに聞いた。「音楽学校ですか?」
「いいえ、音楽学校へはまだこれからはいるところですの。只今のところはここのマダム・ザヴローフスカヤに習っておりますの」
「あなたはここの女学校をお出になったのですか?」
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