。例えば「大々的な」とか、「悪《あ》しくはない」とか、「いやいやしく御礼を」とか。……
 ところがまだそれで種《たね》ぎれではなかった。満腹もし満足もした客たちが玄関にどやどやと集まって、自分の外套やステッキをさがしていると、その周りを下男のパヴルーシャが世話を焼いてまわるのだった。これはパーヴァとこの家で呼びならしている年の頃十四ほどの少年で、いが栗頭で、まるまるした頬《ほっ》ぺたをしていた。
「さあさ、パーヴァ、一つ演《や》ってごらん!」とイヴァン・ペトローヴィチが彼に言った。
 パーヴァは見得を切って、片手を高く差しあげると、悲劇口調でいきなりこう叫んだ。――
「ても不運な女《やつ》、死ぬがよい!」
 で、一同わっとばかり笑い出してしまった。
『面白い』とスタールツェフは表《おもて》へ出ながら考えた。
 彼はまだ一軒レストランへ寄ってビールを飲み、さてそれから徒歩《てく》でヂャリージの家をめざした。みちみちのべつに唄を口ずさみながら。――

[#天から3字下げ]そなたの声がわが耳に、優しくもまた悩ましく……

 二里あまりの道を歩きとおして、やがて寝床にはいってからも、彼はこれっ
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