のいい家庭が幾軒もあって、それとも交際ができるというのが常だった。そしてトゥールキンの一家を、最も教養あり才能ある家庭として挙げるのであった。
 この一家は大通りの知事の邸《やしき》のすぐそばに、自分の持家を構えて住んでいた。主人のトゥールキンは、名をイヴァン・ペトローヴィチといって、でっぷりした色の浅黒い美丈夫で、頬髯《ほおひげ》を生やしている。よく慈善の目的で素人《しろうと》芝居を催して、自身は老将軍の役を買って出るのだったが、その際の咳《せき》のしっぷりがすこぶるもって滑稽だった。彼は一口|噺《ばなし》や謎々や諺《ことわざ》のたぐいをどっさり知っていて、冗談や洒落《しゃれ》を飛ばすのが好きだったが、しかもいつ見ても、いったい当人がふざけているのやら真面目《まじめ》に言っているのやら、さっぱり見当のつきかねるような顔つきをしていた。その妻のヴェーラ・イオーシフォヴナは、瘠《や》せぎすな愛くるしい奥さんで、鼻眼鏡をかけ、手ずから中篇や長篇の小説をものしては、それをお客の前で朗読して聴かせるのが大好きだった。娘のエカテリーナ・イヴァーノヴナは妙齢のお嬢さんで、これはピアノに御堪能《ごた
前へ 次へ
全49ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
チェーホフ アントン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング