あなたのタバコもきざみます。あなたのことを、神さまにおいのりもします。どうぞ、ごしようだから、たすけてください。
はたらかなければいけないのなら、うちの給仕さんのかはりに、クツみがきをさせてください。でなければ、はたけに出ます。村へにげていかうと、いくどもおもひました。ほんとにいくどもです。でも、わたしには靴がない。おもてはさむいから、はだしではだめです。
わたしが大きくなつたら、だんなさまのことは、なんでもします。だんなさまが死んだらおまゐりをします。ほんとに、おねがひです。わたくしをつれにきて下さい。
モスクワは、大きな町です。どの家も、みんな、だんなさまのおうちよりりつぱで、それから、馬がどつさりゐます。羊はゐません。犬もゐます。でも、村の犬みたいに、人にほえついたりなんかしません。
こなひだ、町で、つり竿をうつてゐる店をみました。つり竿には、針と糸がついてゐて、針には、こしらへたお魚がぶらさがつてゐました。針はみんな大きくて、かゝつてゐるお魚もとても大きなサメなんかです。
鉄砲を売つてゐる店もみました。だんなさまがもつてゐるのみたいに、百円よりもつとする鉄砲です。
それから、だんなさまのところのクリスマスのおかざりの、金いろのクルミをすこしとつておいてください。そして、それを、わたしの青い箱にしまつておいてください。おぢようさんがきかれたら、ユウコフにやるんだからつて、さういつてください。」
ユウコフは又ためいきをついて、窓を見上げました。すると、こんどは、だんなと二人で、森へクリスマスの飾木をとりにいつたときのことが、ガラスの中にみえてきました。
その日はいゝお天気でした。だんなは、をのをかついで、雪の上を、ぜい/\ふう/\いひながら、あるいていきます。すると雪もぜい/\ふう/\ときしみます。そこでユウコフも、わざとぜい/\ふう/\いひながらついていきました。
飾りにする木をきりたほすまへに、だんなは、まづパイプで一服して、それから、かぎ煙草をゆつくりかいで、にこ/\しながら、どの木をきらうかとみまはします。雪につゝまれた若いもみの木は、ぢつと立つたまゝ、じぶんが切られやしないかと、心配してゐるやうです。と、そのとき、矢のやうに、雪の上をとんだものがありました。うさぎです。
「まてッ。」と、だんなは、どなりながらおひかけます。
「まてつたら。ちきしよう。えゝい、にげやがつた。この、しつぽのちよんぎれ野郎。」
もみの木を切りたほすと、それをおうちへもつていつて、かざりつけをするのです。
「あゝ、あのころはおもしろかつたな。」と、ユウコフはつく/″\かうおもひました。まだお母さんも生きてゐて、だんなのところで、はたらいてゐました。お嬢さんのオルガさんは、いつもユウコフにお菓子をくれました。お嬢さんは用がないので、ユウコフに読みかきだの、百までの計算だの、しまひには、ダンスもをしへてくれました。
ユウコフは、また/\ふかいためいきをして、かきつゞけます。
「だんなさま、どうぞ、わたしをひきとりにきてください。キリストさまのおんなにかけて、きつときつときてください。それから、ネリイと、めつかちのグレゴリイと、馬車やさんによろしく。さやうなら。ユウコフより。ほんとうに、だんなさま、きつとですよ。」
かきをはると、ユウコフは、紙を四つにをつて、それをこなひだかつておいた封筒に入れました。そして、しばらく考へてから、あて名をかきました。
「ゐなかの、
コンスタンチン・マカリッチの、だんなさま。」
かいてしまふと、ユウコフは、もううれしくてたまらなさうに、帽子をかぶつて、外とうもつけないまゝ、スリッパをつッかけて外へかけだしました。てがみの出しかたは、もうこのまへ肉屋のをぢさんにおそはつてちやあんとしつてゐます。郵便箱へ入れさへすれば、それだけでいゝんだよと、をぢさんが言ひました。さうすれば、よつぱらひの郵便屋が、鈴のついた馬車にのせて、世界のはてまでだつて、もつてつてくれるんだ、かうをぢさんはいひました。
ユウコフは、どん/\はしつて、手紙を郵便箱へ入れて来ました。だが、あんな上がきでもつて、マカリッチさんのところへつくでせうか。
それから一時間たつたときには、もう親方もかへり、ユウコフもねむつてゐました。もう夜中すぎです。ねむつてゐるユウコフの心は、あかるいのぞみでかゞやいてゐました。ユウコフには、大きなストーヴのある、だんなのおうちの台所がみえました。
ストーヴの上にはだんながのつてゐて、足をぶら/\させながら、ユウコフの手紙を料理人たちによんできかせてゐます。その下には、カシュタンカとエールが、しつぽをふり/\してゐました。
底本:「日本児童文学大系 第一〇巻」ほるぷ出版
1978
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