「先生、三人ゐて、個人教授をうけてゐます」
 ベツドの上に例の艶のいゝ帯革がかゝつてゐるので、
「英国ではいゝ革ができるんですね」
「はい、英国の革、有名です。専門家が代々特別な技術を受けついで作つてゐます。それにこの革は古いからなほいゝのです。私の父も砲兵将校でした。その父から貰ひました」
「日本で隊附はされましたか?」
「高田の聯隊に一年ゐました」
「聯隊長は誰でした?」
「○○大佐です。聯隊の生活は、面白いですけれども、隊附の将校は一般に、いゝ語学の先生ではありません」
「それやさうでせう。訛りや方言を何時の間にか教へ込まれますからね」
「いゝえ、第一に、間違つたことを言つても直してくれませんから……」
「なるほど」
 彼は、トランクから数冊の部厚な書物を取り出して網棚の上にのせ、そのうちの一冊を持つて甲板へあがつて行つた。
 私もまた荷物のなかへ入れて来たピエル・ロチの「安南攻略の想ひ出」をかゝへて談話室の一隅に腰をおろした。

     女宣教師

 夕食の時間を知らせるディンナア・チャイムが鳴つた。席の配置をみると、私のテーブルには軍人を除いた乗客がひと纏めに集められて
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