目なの?」
 私は努めて落ちつかうとした。
「なんのこつた。まるで話が違ふんですよ。あの親爺といふのが、今何処かから手榴弾を盗んだといふんで、首を切られるところだつたんです」
「え? 誰に?」
「いや、それがね。……僕、ちよつと○○隊に行つて来ます。手落ちはないと思ふが、よく調べてもらはなくちや……。とにかく僕の大家さんなんだから……」
 私は、丁度そこへ来合せた井河氏に、敗残兵とやらがこの辺にまだゐはせぬかを訊ねた。
「城内は大丈夫です。一昨夜、ちよつと城外でそんなデマが飛びましたがね。なに、なんでもありませんでした。初めの様子では二千人ぐらゐやつて来たかなと思ひました」
「へえ、そんなに?」
「城内の住民はたうとう知らずにゐたでせう。日本人が先に騒いではいけません。最後まで知らん顔をしてゐなくちや……」
 そこへまた、昨夜五十嵐君から紹介された日本の一婦人が、彼女自身「隊長さん」と呼んでゐる、一見将校のやうな服装をした、如何にも気骨稜々と云ひたいやうな壮漢を伴つてはひつて来た。
 彼女は、先づ私に彼を紹介し、
「先生は是非この隊長さんのお話をお聴きになるとよろしいわ。きつと面白いと
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