澄ました。しまひに、誰がなんと云つても返事をせず、たゞ面倒臭さうに首を横に振るばかりである。流石の兵隊さんも根負けをしたらしく、「行かう、行かう」と云つて立ち去つた。
 私は、ふと、自分の捜してゐるガマ口がそこに並んでゐるのに気がついた。硝子箱の中の気に入つたのを出してみせろと指でさすと、件の女売子は、頗る横柄な手つきで、それを私の前へ抛り出した。
「いくら?」
「……」
 口の中でなにやら答へたらしいが、よく聞えない。
「え?」
「……」
「わからない」
「一円五十銭」
 と、彼女は、鈴虫のやうな声できつぱり日本語を操つた。
 金を出さうとすると、彼女は、そこにおいてある呼鈴をヂヤンヂヤン鳴らしだした。何時までも止めない。なんの合図かと思つてゐるうちに、向ふから給仕風の男の店員がやつて来て、私の出した金を受け取つて行つた。さて、彼女はおつりと一緒に品物を私の方へ押しやつたと思ふと、あとはもう、素知らぬ顔で、横を向いてしまつた。凄艶と云ふ言葉が実によく当てはまるやうな顔かたちである。が、サーヴイスは日本なら落第組であらう。但し故らさうしてゐるのだとすれば、また何をか云はんやである。それ
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