が云へるとしたら、彼にはまた彼の見方があるのであらう。
 日本婦人を妻とし、大学で日本文学を講じ、革命作家魯迅を兄にもち、南京政府から俸給を貰つてゐた氏の苦衷は察するに余りがある。
「北京大学が今度長沙に移つて、もうそろそろ開講の時期なんですが……政府からも早く来いといふ通知が来てゐます。しかし私は、行かないつもりです……家族の関係がありますから……」
 最後の一句を口の中で云つて、氏は静かに眼を閉ぢた。
 凝つたところのない、どつしりとした好もしい住居である。いくつかの壁で仕切られた中庭が僧院のやうに閑寂な匂ひを漂はせてゐる。植木らしい植木はない。たゞ、自然に伸びたやうな楊柳が一本、ひよろひよろと立つてゐる。敷石のモザイツクが、細かな葉の影を映して、母屋の前の日溜りをくつきりと浮きあがらせる。何ひとつ、こゝをかうしたいといふやうな気を起させぬものがある。おのづからな調和とはこれを言ふのであらう。
 氏は門口まで私たちを送り出し、O氏の問ひに答へて、嘗て魯迅が住んでゐた部屋といふのを指さし、N氏の希望で、私と並んでレンズに向つた。
 氏にとつて、なんのための見も知らぬ日本人の訪問であら
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