て行つてくれた。名刺はまる一日かゝるといふので、すぐに使ふ分を二三枚別にその場で書いて間に合せようと思つた。が、ふと、私は、その字を店員の支那人に書いてもらふのが面白いと気がつき、そばにゐる一人に、それを頼んだ。すると、その先生はにこにこしながら早速筆を取りあげた。余程うれしかつたとみえる。子供のやうな緊張ぶりである。出来上つた字は、流石に立派であつた。
 その夜は、本場の羊料理、かの豪快な炙肉の立ち食ひを試みた。ヂンギスカンとは日本人の命名ださうだが、沙漠に開かれる軍旅の夜宴は連想としてまづくない。羊料理の店は給仕の少年までみな回々教徒だといふこともはじめて聞いた。

     座談会

 ○○○○室のB氏が人選をしてくれ、北京を発つ前の晩、ホテルへ若干名の支那人を招待した。半ば特派員としての資格ではあつたが、半ば個人として北京在住の所謂「インテリ」に会つておきたかつたからである。多少でもはつきりした思想的立場をもつてゐる人はどうかと思はれたが、集つた顔ぶれは、左の通りである。
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柯政和(東京音楽学校卒業、北京地方維持会専門委員、華北教育総会
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