の興行は、年に一度のオール・スタア・キヤストだとのこと、北京の名優をかうして並べてみられるのは運のいいことだと云へば云へる。
元来、私は支那芝居といふものを、専門的な立場からもあまり重要視してゐないし、嘗て上海で観た相当いゝ芝居といふのも、その時の印象では、ちつとも面白くなかつたのである。勿論、研究をした上での批判ではないから、大きなことは云へないけれど、形式から云へばまづ歌劇の部類にいれるべきであつて、「演劇そのもの」としての価値は低いものと断言して憚らなかつた。殊に、歌詞がまるで解らないと来ては、音曲としての縁遠さは別にしても、われわれの興味を惹く何ものもないと高を括つてゐた次第だ。
ところが、N氏の説明をきゝ、台本のあらましを読み、俳優の閲歴、芸格など、大急ぎではあるが大体呑み込んだ上で、いざ、舞台を眺めてゐると、こいつは馬鹿にならんぞといふ気がして来た。
観客席は超満員である。しかも入場料は、平生とくらべものにならないほど高いのである。支那人、殊に、北京人の芝居好きは底知れずと云はれるだけあつて、国家の安危を打ち忘れての陶酔ぶりである。
贔屓役者が出て来たり、いはゆる「
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