る。巡査は、最後の手段として、車の上のクツシヨンを後ろへ放り出す。流石にこれは困るとみえ、車は一旦後ずさりをする。一度に幾十台といふ車が駈け寄つて来ると、一人の巡査では喰ひ止めやうがない。なかには、素早く客を拾つて走り出すものがある。巡査は恨めしさうにそれを見送る。
 いつたい、どういふ規則になつてゐるのか知らぬが、かうまで巡査の威令が行はれないといふのは、抑も事変の影響であらうか。
 それにしても、相手は人民、こつちは、役人である。職権をもつて、取締りができぬわけはなささうに思はれる。「断乎たる」処置をなぜ取らないであらう。
 焦《じ》れつたい話である。が、事実は、この通りで、巡査は堪忍袋の緒を切らず、車夫どもは反抗の限度を守つてゐるのである。
 従つて、最初はすさまじいものだと思つてゐたのが、だんだん、なんでもないことになり、いつたい構内人力車取締規則といふやうなものがあれば、それをちよつと聞きたいものだと、私はひとりでに微笑が浮んで来た。
 誠に支那といふ国は妙な国である。かねて規則ぎらひとは聞いてゐたが、かうまで世話がやけるなら、もうちつと方法がありさうなものである。私が云ふの
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