に対する外はないからである。現実の報告が国家のためにも国民のためにも害あつて益なき場合、私はたゞ沈黙するのみである。第一に、私はこの戦争が先づ何よりも祖国に幸ひをもたらすものであることを祈る。犠牲はたゞそれのみによつて尊いのである。
 戦塵を浴びてはじめて疑問のはれることもあるであらう。私は軍人の家に生れ、自分も軍人として青年期を過し、今なほ在郷軍人としての覚悟はもつてゐる。私は、日本の軍隊が精鋭無比である理由を夙に学び知つてゐるが、日本人の性能プラス軍人精神といふものが実戦に於てどんな力を発揮するかといふことを、いろんな面で観察してみたい。つまり心理的にはその複雑さについて、道徳的には例へば勇気の質について、若干の考察をめぐらすことができるであらう。
 北支作戦の完全な成功をわれわれは信じてゐる。戦後に来るものはなにかといふことについて、今、人々は多く語つてゐるやうであるが、私には無論、そんなことを語る資格はない。たゞ、それぞれの専門家の言葉に耳を傾ける興味をもつてゐるだけである。従つて、私の眼で視、暇があれば適当な人物に訊して、現在この地方に動きつゝあるものを探り得るとすれば、それ
前へ 次へ
全148ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング