連日の戦闘を眺め暮してゐるか、できれば、そばへ行つてその顔つきをのぞいてやりたい。
それから、音にきく北京の都を、その風物を、ゆつくりとはいかぬまでも、しみじみと訪れたい。
保定、大同、徳州などいふ城市も一見の価値があらう。
石家荘とやらはもう落ちてゐるかどうか。
虎列剌の予防注射をすませた。
十一日の正午神戸を出る塘沽行の船に、もう部屋がとつてある。(十月十日夜)
いよいよ報告をつゞらねばならぬ。が、私は一切の興奮と御座なりを避け、事実を観たまゝに語りたい。ところが、実を言ふと、第一に、暇が十分でなかつたからでもあるが、予定の行動を取ることができず、第二に、少しは何かを観たとは思ふが、いざそれを筆にするとなると、どうしても、今書くのは早過ぎるといふ気がし、それも自分のためばかりではなく、印象がすべて厳粛な歴史の批判を根柢とせねばならぬ関係から、主観的な物言ひは慎まねばならぬといふ、甚だ厄介な責任感にしばられてしまひ、平凡な記事でお茶を濁すことになりさうだ。
殊にもうひと息といふところで、なんとしても時間の都合がつかず、それに、身心ともに疲労を覚えたので、所謂、「戦闘」そのものはつひに見ずじまひである。が、たゞ、広義の「戦争」なるものを、いろいろな面でいろいろな距離から、そして、いろいろな現象のなかで、身を以て味ひ、幾分実感として心の一隅に残し得た。これをせめてもの収穫と考へ、なんとかして読者諸君に伝へたいと思ふのだが、さて、前にも述べた通り現在はまだその時機でないやうである。
なぜなら、戦さに勝つためには、国民は、ひたすら戦場の光景を美化することに努め、私もまたそれに努力することを任務と考へるからである。
そして、私は、戦争の最も華々しき、従つて人間及び人間群の最も気高き姿を、第一戦の砲火の下に見得ることを確信するものであるから、銃後の国民は、その緊張した心の状態を、全ニユースの先端に通はせて、共に祈りを捧げ、凱歌を奏すればよいのである。
例へば、後方勤務部隊の軍規厳正にして、日夜油断なく職責を果し、時としては、第一線部隊の労苦に劣らざる労苦に堪へ、時としては、決死隊と同様、生命の危険を物とせざる実例など、私はいくらでも挙げようと思へば挙げられるが、それは、国民一同が、所謂非常時局に処して、如何にそれぞれの持ち場で黙々と額に汗し、最後の勇気を振ひつゝあるかを吹聴すると同様、今更云ふも愚かといふ気がするのである。
そこで、私は土産話になるかどうか知らぬが、私の僅か旬日の間に通つた道筋を追つて、いくらかでも戦争の臭ひのする人物風景の素描を試みてみようと思ふ。
文辞甚だ整はないのは、行李を解いたばかりで旅の疲れがまだ癒えないためと思つていただきたい。
出帆
船が神戸を出る時、私はなるほどこれが天津に向ふ船だなと思つた。
甲板には軍装いかめしい将校がいくたりかテープの束を握つて桟橋を見おろしてゐる。カーキ色の詰襟に袈裟をかけた従軍僧の一団が、これも不動の姿勢で見送人の歓呼を浴びてゐる。
「××部隊長万歳!」
群衆のなかの一人が音頭を取つた。
「万歳……万歳……」
これに和した幾百の若い声はひと眼でそれとわかる中学生らしい制服の一隊である。恐らくその学校の配属将校がこの船で戦地にたつらしい。
船が動き出してから、岸壁が見えなくなるまで、生徒たちは「万歳」を連呼し、帽子と旗を振り、そのたびごとに甲板では一砲兵少佐が挙手の礼でこれに応へてゐた。
外国人の男女が、私のそばでこの光景を珍しさうに眺めながら、切《しき》りに何か囁き合つてゐる。
突然、従軍僧の一人が、両手を挙げて、声を限りに叫んだ。
「天皇陛下万歳!」
岸壁の人影は黒い塊りのやうに動かない。そして、それがそのまゝ船の反対の舷の方へ消えて行つた。
私はしばらく甲板を歩き廻つた。自分に用意を促すといふやうな気持であつた。
英国士官
船室へはひつて、北支那の地図をひろげてみた。上陸後の行動について、あらましのプランを樹てゝおくつもりであつた。往復をいれて三週間といふ時日が限られてゐる。それ以上の暇は、絶対にとれない今の私である。万一の事故は計算にいれないまでも、この予定を勝手に狂はしては、第一に近く旗挙げ公演を控へてゐる文学座の諸君に相すまぬ。
先づ天津に着いたら、各方面の情報をしらべた上、一番近い戦線を目ざすよりほかない。が、私の秘かに自分に与へた任務は、恐らく第一線の後方数キロの一地点に、三日ばかりぢつと腰をすゑてゐさへすれば果せるのではないか?
新楽、石家荘、井※[#「こざとへん+徑のつくり、第3水準1−93−59]といふやうな地名が眼にうつる。
その時、同室の若い英国人がはひつて来た。話をしてみる
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