、地上○○部隊の攻撃に協力しつゝ、なし得れば……」
 若い部隊長の声は、凜然としてゐた。
「自分は××中尉機に同乗する。終りツ」
 操縦士の間で、細かい合図の方法などが打ち合はされた。
 油断をしてゐると、○○機がいつ飛び出すかわからないので、絶えずその方向へ眼をくばつてゐなければならぬ。藍色のいくぶん華車な胴体が、遠くからでも見分けられるのである。
 ○○部隊は、一機一機、同じ間隔をおいて順々に、離陸した。それがやがて、規則正しい編隊となつて、南西へ、南西へ。機上の人々の姿がいつまでも私の眼に残つてゐた。
 さあ、こゝでどれだけ時間を過したらいゝのか? 出発が明日に延びるやうなことになるまいか?
 もう昼も近く、腹は遠慮なく空いて来る。
 私はしかたがなく、催促顔を見せに行つた。操縦士は、飯盒の弁当を食つてゐるところである。
「どうも痛くていかん。歯だか耳だかわからないんだ。とにかく、間をおいて、キリキリキリキリツと来るんだ」
 そばの機関士に話しかけてゐる。見ると、どうやら熱のありさうな顔色である。
 今朝から二度も○○まで往復したといへば、相当に疲れてはゐるであらう。この人がまた天津まで私を乗せて行つてくれるのかと思ふと、済まぬやうな、危いやうな気がして、
「僕、アスピリンを持つてますが、飲んでみますか?」
「いや、熱はないですよ」
 アスピリンは鎮痛剤であることを知らないのであらうか。私は無理に勧めてはみなかつたが、空中で痛みが堪へられなくなつた時、飛行機はどうなるのであらうかと、ひそかに気を揉んだ。
 出発の時は知らせてくれと、機関士に云ひおいて、私は、またぶらぶらそのへんを歩き廻つた。
 さつきのG氏の小屋に近づいた時、私は何気なく、その中をのぞいてみた。
「まあ、はいり給へ」
「天気がよくつて何よりですな」
 私は、この眠くなるやうな支那の秋日和をなんと讃美していゝかわからなかつた。
「あゝ、いゝ天気だ。どうです、これは……。戦地にゐると子供みたいなもんだ」
 G氏が棒切れで灰のなかを掻きまはしてゐる、その棒の先へ転がり出たのは、うまさうに焼けてゐる二つ三つの薩摩芋であつた。

     空中の論理

 ○○機は午後二時になつて、やつと出発した。
 高度の加減か、光線の具合か、来がけに見た時よりも下界は一層単調な物の象を示すにすぎず、私は早くも退屈しは
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