転車兵も通る。将校の往き来が目立つ。
 ○○機の一編隊が低空をかすめて南に飛ぶ。
 街は沸き上り、燃え立つてゐる。

     ○○○司令部

 私は、こゝでしばらく足跡を曖昧にせねばならぬ。○○部隊一行と袂を分つて、いよいよ単独行動を取ることにした。
 その前に、今夜万一宿に困るやうだつたらといふので、堀内氏は、わざわざ、私に○○部隊本部の所在を教へておいてくれたのである。
 道みち頭をなん度もさげ、埃をいやといふほどかぶり、全身汗になつて、私はやつと目的の場所に行きついた。
 珍しく樹の茂つた村のなかである。そしてまた珍しくハイカラな洋館である。鉄柵を繞らした官庁風の構へも野戦軍の中枢に応はしい。
 衛兵所の前を通つて、建物の正面に立つと、アーチ形の玄関を距てゝ、泉水のある中庭が見え、この庭を中心に、廊下を繞らした二階が四方からのぞいてゐる。
 私は、左手の階段を上つて行つた。
 突きあたりが副官室である。
 名刺を差出して、H部隊長に取次を乞うた。
 その名刺をぢつと見てゐた副官は、
「失礼ですが、四十八にをられた岸田さんぢやありませんか?」
 と、馴れ馴れれしく椅子から起ち上つた。
「さうです」
「自分はやはり四十八にをりましたKであります」
 もちろん私とは時代が違ふらしいが、同じ聯隊の出身といふことは軍人同士にとつては格別なものなのである。
 H部隊長に敬意を表したいと思つたのは、私が嘗て巴里滞在中、国際聯盟の仕事でしばらく同じオフイスにゐたことがあるからである。ところが、生憎、今、会議の最中とあつて、私はT高級副官の室へ案内された。
 承徳の総攻撃が目下準備されつゝあること、娘子関方面の敵がなかなか頑強であることなど聞きかじつてゐたので、差支ない限り詳しい情報を得たいと思つたが、話はわきへ外れた。といふのは、所謂戦場ニユースに関する軍人としてのT氏の意見がなかなか面白く、時局ジヤーナリズムに対する適切な批判を含んでゐると思はれたので、私も図に乗つて、自分の考へを率直に述べた。
 会議はなかなか済みさうもない。
 私は、強ひて部隊長に会ふ必要はないのだが、われわれが幼年学校にゐる時分から、ウルトラ・秀才として殆ど伝統的な存在であつた「×期のH」の大部隊長ぶりをちよつと見ておきたかつたのである。
 しかし、こゝで時間を空費してはならぬ。
 私は、T氏に暇を
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