行きます。それから、命令でどつちへ出掛けるか……」
「僕も、行けるところまで行きますよ。連れてつて下さい」
「わしについてゐさへしたら安心です。これから先はあぶないと思つたら、教へてあげます」
 さうだらう。かういふ戦場では、どこが危いといふことを知ることさへ、素人にはむづかしいのである。
 夜が更けた。
 私は城内に帰らねばならぬ。堀内氏も警察局に用があるといふので、一緒にこの家を出た。
 城門にさしかゝると、歩哨が誰何《すいか》をした。戦地では、この「誰か?」に一度で返事をしないと、命があぶないのである。
「文芸春秋社特派員」
 云つてしまつて長すぎたなと思つた。「従軍記者」でよかつたのだ。
 銃剣がぴかりとして、私たちは衛兵所の前に立つた。
「通過証は?」
 司令が訊ねた。
「誰のです?」
「城内へはひるのには○○○○官の通過許可証がなけれや駄目だ」
「そいつは知りませんでした。昨夜はそんなことなかつたんでせう?」
「今日から命令が出た」
 そいつは弱つた。○○○○官だつて、もう寝てゐるだらう。
「警察局へ帰るんですが、それでもいけませんか。お巡りさんがそこにゐますから、なんなら附いて来てもらつても……」
「いや、規則は規則ですから、お気の毒ですが、衛兵としては、守則に従ふ以外、何等の権能もありません」
 司令は、顎髯を蓄へた年輩四十五六と覚しき老伍長である。
 たとへ日本軍の将校と雖も、巡察以外は入れないと云はれてみれば、止むを得ない。
 私は、井河氏に断りを云はねばならぬ。かくかくしかじかの理由で今夜は城外に一泊するが、明朝は汽車が早く出るらしいから、挨拶に伺へぬかも知れぬ。荷物を誰かに纏めさして明朝七時までに停車場へ届けて欲しいと、一筆名刺に認めて、そこにゐるお巡りさんに局へ持つて行つてくれと頼んだ。
 が、私は、こゝでも、内心、不便なことだとは思ひながら、一方軍律の厳として犯し難きを頼もしく感じ、衛兵に一礼して、堀内氏と共にもと来た道を引つ返した。
 私たちは、この時刻に、もはや万策つきて、さつきの家へ泊めてもらふことにした。幸ひ一と部屋空いてゐるといふので、五十嵐君の勧めるまゝにアンペラの上に毛布一枚にくるまり、身心ともに硬ばらせて、うつらうつら、妙に寒々とした一夜を明かした。
 翌朝、いよいよ汽車が出るといふ瞬間、私の荷物はやつと届いた。五十嵐君が
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