上胆力と奇略に富んでゐなければならぬ。隊員は、大部分支那人で、隊長の腹心であるとまでわかれば、凡そその活動ぶりが想像できる。
追撃戦の場合など、工兵の来ないうちに、落ちた橋をかけ直して急場の間に合せるなどといふ芸当はこの部隊でなければできぬだらう。それもその筈である。隊長の命令一下、何時どんなところでゝも、苦力の千人や二千人は立ちどころに集められるといふのだから。
保定の南、新楽の町はづれに鉄橋があるが、それと並んで急造の橋がかかつてゐる。「靖郷橋」といふ札が立つてゐる。この鉄橋は退却する敵によつて破壊されたものである。
軍の統一ある治安工作機関として宣撫班といふものがあることはもう誰でも知つてゐるが、早く云へば、場所によつて、その仕事の下ごしらへをしながら前進する半武装部隊である。恐らく、臨機応変の便法として、私設的に編成されたものであらうと思ふが、ともかくこれらの人々も、やはり彼等の信念のために身命を擲ち、効果百パーセントの働きを示してゐることを特記すべきであらう。
保定第二夜
五十嵐君の招待で、私たちは、開店前の酒場といふので牛鍋をつゝくことになつた。
女たちは、悲痛な声で満洲小唄を歌ひ、堀内氏は朗々と槍さびをうなつた。
アカシヤの生ひ茂る枝の下である。支那家屋の中庭は、忽ち「野戦カフエー」の珍奇な風景を呈しはじめた。
頭の上を、騒がしく啼いて通る鴉の群を、私はしばらく眺めてゐた。その声は鳥といふよりも寧ろ獣に近く、例へば咽喉をからした小猫の啼き声を想ひ出させる。夕闇を更に暗くするほど、忽ち空一面を覆つた無数のこれらの鴉は、街の上をひと廻りして東へ飛び去つた。
三本脚の野良犬が餌をあさりに来た。私は肉の一片をつまんで、こいつを門の外へ連れ出した。すると、あちこちから、大小さまざまな犬が寄つて来た。見ると、どれもこれもびつこをひいてゐるか、腰をひん曲げてゐる。私は、急いで門を閉ぢさせた。
「さあ、明日はいよいよ出発だ」
堀内氏は感慨深げに叫んだ。
「やつぱり汽車は出るんでせうね」
昼間、私は、鉄道に関係のある将校から、明日新楽行の軍用列車に乗せて貰ふ許しを得てゐるからである。
「大概、大丈夫と思ひますが……。わしの方はなにしろ大勢だから……」
「一緒に行けますね」
「何処までおいでですか?」
「先づ石家荘まで」
「わしも石家荘へ
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