ものになつてゐないぢやないか。どうも危なつかしいぢやないか。そこに面白さがあるといふのかい、危なつかしい処に……? さうなつて来ると、僕は僕の審美観念を疑はなくてはならないが、僕は飽くまでも自分の立場を正しいとして物を云へばだね、君の此の作品は、君の主張を完全に生かしてゐない処に、致命的な欠陥があると思ふね。一歩進めて云へばさ、君は君の主張する傾向の為めに、文学そのものを犠牲にしてゐやしないか。まあ、待ち給へ、それも決して悪いとは云はない、そこに止まつてゐることが危険だと云ふまでだ。此の次の作を見せて貰はうぢやないか。芸術家は、絶えず、歩いてゐなくちやいかんさ。しかし、新しい道を探す為めに、方角を誤つたり、同じ処を堂々めぐりしてゐたりするのは考へものだからね。或る完成から脱け出ることも必要さ。しかし、それは次の完成へ向つての脱出でなけれやね、どうしたつて。少しお説教じみたね、処で、君は、僕の作品を旧いといふが……」
「旧いよ、全く。物の観方、感じ方、表現のし方、丸で今までのものと変りはないぢやないか」
「変りがなくつちやいけないのか」
「当り前さ。変らなくつてもいいんなら、今更、君なん
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