ますが、先生たちは、僕らを、まあ何年かなり教育して下すつて、その上で舞台に立たせようとおつしやるんでせう。処が、その何年か後に、僕達が相当の俳優になるのはよろしいが、その僕等が演《や》りたいやうな脚本を、先生たちは書いて下さる自信がおありなんですか」
「君、今少し言葉を慎み給へ。それぢや、何んですか、君は、僕たちの書くものに不満をもつてゐるんですか」
「今は不満なんかありません。たゞ、僕が相当な役者になつたら、不満が起るだらうと思ふのです」
「どうしてそんなことがわかります」
「でも、あなた方は、あなた方のお書きになるやうなものを演るのに適してゐる役者を作らうとなさるでせう。あなた方は決して、理想的な俳優が演つて見たいと思ふやうな脚本をお書きにはならないと思ひます」
「どうして」
「あなた方は、理想的な俳優といふものを御存じないからです」
「君は一体、何にしにこゝに来たのです」
「役者になりたいから来たのです」
「それなら、僕達をもつと信用したらどうです」
「僕は俳優養成者としてのあなた方を試験しに来たのです」
「といふと……」
「僕はもう帰ります。どうもお邪魔しました」
 どうです。有望な青年ぢやありませんか。かういふ青年は、一体どうしたらいゝでせう。われわれはたしかに、かういふ青年の心持はわかる。しかしそれを満足させ、安心させて、一意専心舞台的訓練を積ませる方法はないものでせうか。われわれは、あんまり呑気に、「来るべき時代」を待つてゐる形ではありますまいか。その「来るべき時代」を、われわれが作らなくつて、一体、誰が作つてくれるでせう。
 われわれは、殆ど理想的な戯曲といふものを知つてゐる。しかし、それらの戯曲が、如何なる俳優によつて、如何に演じられ、如何なる舞台効果を収めたかといふことを、あまりに知らなさ過ぎる。われわれが書く戯曲は、如何なる俳優によつて演ぜらるべきかといふことを、あまり問題外にしてゐる。これは何も、俳優某にあて嵌めて書くといふやうなことゝは違ふ。つまり、俳優の能力、あらゆる意味で完成され、洗煉された俳優の表現能力といふものについて、あまりにも無智である。
 これは、現在の俳優を向上させない一つの原因であり、同時にその結果は、俳優の芸術から、舞台的暗示を受け、作劇上の霊感を与へられるといふ劇作家の特権を失つてゐる理由である。
 しつかりした劇評家の存在しない今日、劇作家は、もう少し自分らの書く戯曲そのものゝ運命について考へをめぐらしたらどうか。どうにもならなくはない。ちつぽけな党派的野心や、時代と共に滅びる主義流行の看板を捨てゝ、苟も、劇芸術の為めに心血を注ぐほどのものは、少くとも或る時機が来るまで、日本現代劇の樹立を旗標とする大同団結を企図すべきではないか。それも今更大人げないと、そつちを向く人があつてもかまはない。また、必ずしも何々会とか何々団とか云ふ組織にしなくつてもかまはない。めいめいが、できるだけ声を揃へて、「われわれに舞台を与へよ」と叫ばうではないか。
 ほんたうを云へば、僕は、自分のものなどは舞台にかけられなくつてもいゝ。殊に、今の俳優などにやつて貰ひたくはない。しかし、兎も角も「佳い芝居」が観たい。「ほんたうの舞台」が観たい。それでなければ淋しい。自分が観たいだけではない。うちの者に観せたい。甚だ余計なことのやうだが、世間の人に観せたい。現代劇をもたない国に生きてゐることが恥かしい。
 諸君はこれでも、黙つてにやにや笑つてゐるんですか。
 もつと具体的に僕の抱負を述べる時機があるだらう。それにしても、一応若き劇壇の此の一文に対する反響を見てからにしたい。
 僕は、つくづく、現代の日本で、戯曲を書くことの馬鹿馬鹿しさを感じ出した。これなら小説を書いたつて、同じことだといふ気がする。人の書いたものでも、現代劇として立派な舞台を、絶えず見せて貰へるんだつたら、自分のものが、いつまで舞台にかゝらなくつても、それはなんといふ張合ひのあることだらう。自分のものが、決して舞台にかゝらないといふことがわかつてゐても、戯曲を書くことそのことが、ほんたうに活きた仕事になるだらう。
 今日既に在る劇場や俳優を敵とする必要は毛頭ない。そんなものを攻撃したり、軽蔑したり、威したりすかしたりしてゐるひまに、これからの劇場と俳優に「呼びかけ」る方が、遥かに、われわれの仕事を「ほんたうのもの」にする所以である。
 われわれは、前に進む為めに、あまりに後ろを振り返りすぎる。



底本:「岸田國士全集19」岩波書店
   1989(平成元)年12月8日発行
底本の親本:「我等の劇場」新潮社
   1926(大正15)年4月24日発行
初出:「文芸日本」
   1925(大正14)年5月1日発行
※底本は、物を数える際や地名な
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