米川正夫著「酒・音楽・思出」
岸田國士
ロシヤ文学の紹介者として米川正夫氏の名を知らぬ読書子は今日の日本には先一人もゐまいが、其米川氏がどういふ人であり、好んで自ら語るところにはなにがあるかといふことを、まだ知らぬものがあるだらうと思ふ。
氏が三十年来翻訳といふ仕事を続け、益々これが自分に適した仕事だと思ひ込むに至つたといふ理由をこの本の中で氏は述べてゐるけれども、その一文だけを読んでもわかるやうに、氏が折にふれ興に乗じて書いた随筆の類ひには、非常に純粋な、ある意味では朴訥とも云ひたいほどの人柄と、生活者としての羨むべき精神のゆとりとをみることができ、そこにはまた一般に考へられてゐるロシヤ風でなく、寧ろ真にロシヤの民衆のもつてゐるやうな楽天性を日本流のたしなみで包んだ珍しい一文人のすがたが浮びあがつてゐる。
巻頭に「酔鏡散影録」と題する小品一束がある。微醺を帯びた米川氏の快弁を髣髴させるもので、東西の酒讃に何ものかを加ふるばかりでなく、私のことなども引合に出し、酒を飲まぬ、或は飲めぬ手合にやんわりと絡んで来てゐる。
次には音楽に関する随想が並んでゐる。
「十六の年から今日まで
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