ることは、これはあり得る。しかし、号令一下、整然と林檎の樹を倒すといふことは、こいつはフランス人にはできませんと云ふのだ。僕はその話を聴いて、面白いと思つたのですけれど、しかし実はね、その話はですね、非常に不正確なんです。何か、ドイツの国民性とフランスの国民性といふものが比較されてゐてちよつと面白い話で、さういふ風に話されたから、僕はさういふ風に理解したのですけれど、事実は違ふのですね。ドイツ兵が、それを伐つたのは、其処の部落を完全に占拠するために、射撃の邪魔になり、向うを透視する邪魔になる樹を全部伐り倒したのです。そのために号令をかけたので、フランス人が見て理解したのとは違ふわけなんですけれど……。一昨年支那へ往きましてね、綺麗な柳の並木を倒したのを見た。これだなと思つたですよ。勿体ない話だけれど、これだと思つた。
 良識家といふことは普通になることである。世間に変なことが無くなること、要するにそれだけでよいので、さういふ時代になつてこそ、僕は、天才といふものが本当に輝きをもつんだと思ふのです。
 ですからね、一時文壇で盛んに使はれたヒユーマニズムといふ言葉を使はなくても、やつぱり、この人間といふものはいつたいどんなものかといふことについて、もう少し政治家もよく知つてくれ、国民一般も知つてくれて、お互にこの共通な認識を早くもたなければいかんと思ふのです。これが今無いことが、結局いざといふ場合に、国民の本当の力を出し切ることのできない最大原因だと思ふのです。
 今のこの日本の教育なり、日本人のものゝ考へ方のなかに、人間性の無視といふものが瀰漫してゐると思ふのですが、これを救ふものは、文学の力以外にはないと思つてゐます。(昭和十五年十二月)



底本:「岸田國士全集25」岩波書店
   1991(平成3)年8月8日発行
底本の親本:「生活と文化」青山出版社
   1941(昭和16)年12月20日
初出:「文芸 第八巻第十二号」
   1940(昭和15)年12月1日
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2010年1月20日作成
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