性格も非常に変つて来た。そればかりでなく、在来の職業といふ観念には、どうかすると当てはまらない職業の数々が新しく生れる傾向すらあるのである。
ある会合で話にも出たのだが、今日でもなほ、「月給取り」(サラリーマン)といふ言葉があり、これは、恰も、一つの職業を指すかの如き印象を与へる言葉となつてゐるが、こんな不思議なことはないといふのである。勤め人と云へばそれでもいくぶん穏かのやうであるが、これすら、凡そ、職業の精神を閑却した無意味極まる名称である。
いつたいに、職業を選ぶ標準なるものが、従来、極めて曖昧であつて、なかには、公然と口にできないほどの「さもしさ」が、公然と許されてゐる場合さへあつた。
さうでなくても、職業そのものゝ実体を究めずして、職に就くものが多く、まして、自分の前途にどんな道が拓かれてゐるかを、一応、ひろく見渡すといふことすらされてゐなかつた。さうかと云つて、昔のやうに、父親の職を継ぐといふことを当然と考へる時代は過ぎてゐた。従つて、職業に対する興味と熱意と、殊に、責任感が至つて薄く、自己の職業の国家的乃至社会的使命について、確乎たる信念をもつものは、誠に寥々たる有様である。
[#7字下げ]三[#「三」は中見出し]
如何なる職業でも、それが、何等かの意味で人間生活に関りがある以上、必然的に文化的意義をもつものであることは云ふまでもない。それと同時に如何なる職業でも、それに従事する者の文化的感覚が、職業そのものの機能使命を完全に果し得る重要な要素であることも亦疑ひない。
しかしながら前にも述べたやうに、狭義の文化的職能乃至は職域といふものが考へられる。これを極く大ざつぱに拾ひ上げて見ると、学問、芸術を専門とするものをはじめとして、これを直接利用し、または対象とする業務、即ち言論、教育、宗教、医療・厚生、公務・法務、出版・報道、特殊技術、娯楽、等である。
従来文化関係の職域といへば、大体以上のやうな範囲が頭に浮ぶわけであるが、今日では特に、以上のやうな部門をそれぞれ専門的な立場で独立したものと考へることは出来なくなつて来た。勿論、専門領域としての確固たる特殊性はこれを認めなければならないけれど、それと同時に是等の全領域に共通する性格といふものが正しく把握され、是等の領域を対象とする綜合的な文化問題、文化事業、文化運動といふものが、時代の要求
前へ
次へ
全8ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング