て行く。ところが或る晩、二人が話をしてゐると宿の女中さんがやつて来て、村の峠に行倒れがあるといふことを巡査に知らせた。彼は話を中途で切上げてアタフタと出て行きました。その時、その画家が巡査に、「君々、握り飯を作つて持つて行つてやり給へ」と言つたが、巡査は画家のその注意に対して、後を振り向き、その言葉が聞きとれたかとれぬか分らないやうな表情をして出て行つてしまつたのであります。
画家は、巡査が恐らく自分の注意を実行しないだらうといふことに気づいて、直ぐ宿のものに握り飯を作つて貰ひ、後を追ひかけた。そしてその時の行倒れの所へ行き、携へた握り飯を出してやりました。画家の直感の通り、その行路病者は空腹に堪へかねて倒れてゐたのであります。行路病者は握り飯を受取ると、喜んでガツ/\食べてしまつた。支度をして後から駈付けてきた巡査は、その様子を見て非常に吃驚しました。兎も角巡査は、漸く少し元気を取もどした行路病者を交番に連れて行つて保護をしたのであります。
翌日、彼は画家の所へやつて来、「昨日君が握り飯を持つて行けといつた時には、自分は何のことをいつてゐるのか、意味が分らなかつた。それでそのまゝ
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