、対立すべき性質のものではないに拘らず、事実は、精神のみあつて技術これに伴はず、技術のみ尊重されて精神が忘れられるといふ現象が往々いろいろな方面でみられるのです。この場合の精神とは、早く云へば、「魂」のことで、現実の世界に於て、それだけではなんの力もない代り、また、それがなければ、すべてが気の抜けたものになるといふ、極めて微妙でかつ厳粛なものであります。
 人間の行為といふ行為、言葉といふ言葉、みなこの「魂」の入れ方で値打が違つて来るのであります。政治、経済、外交、軍事、教育、いづれも一国の消長に関する専門技術でありますけれども、これまた、文学や芸術、さては宗教の類と同じく、立派な魂がはひつてゐなかつたら、いくら体裁ばかり整つてゐても、ほんたうの力にはならないのです。
 私の眼前に台ランプが置いてあります。場所は何処でもいゝ、例の下手《げて》もの趣味の舶来模造品です。これだけを取りたてゝ悪く云ふには当りませんが、生憎、私の云はうとすることが、こゝに語られてゐます。技術としては相当手の込んだものです。「時代」をつけた蝋燭立もいゝが、しかしこの安手な感じはどこから来るのでせう。粗製濫造も品
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